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「心呼吸」の時間

2021/3/17 6:01

 春の気配を感じ取れるのは、五感のどの働きなのか。いの一番に広島で号砲が鳴った桜前線は、視覚だろう。鳥のさえずりは聴覚、顔をなでる風だと触覚。春の味覚なら苦味の効いたフキみそあたりか。では嗅覚は▲意外に思い付かない。マスクで鼻を覆っているせいかも。粒子状物質のPM2・5や花粉に悩まされ、おまけにコロナ禍の居座る春が2回り目を数える。嗅覚くらい、季節感から遠ざけられている感覚は他にあるまい▲言うまでもなく、嗅覚は思い出と結び付いていよう。きのう本紙の中国柳壇にもあった。〈古手紙インクの香り思い出し〉。香りの記憶は時とすると、自分史をよみがえらせる。「付箋」のようなものかもしれない▲不安をあおるつもりはないが、嗅覚が鈍ると脳の働きに影響が及ぶと聞く。認知症研究のテーマとしても珍しくない。香りの刺激から閉ざされかねないコロナ禍生活の先が思いやられる▲人けのない時間帯や場所を見計らい、何分間かマスクを外してみてはどうか。朝のベランダや庭先、散歩先の広場でもいい。ゆっくりと深く、呼吸を繰り返し、鼻をマスクから解放してやる。深呼吸ならぬ「心(しん)呼吸」の時になるだろう。

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