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普天間返還合意25年 即時閉鎖へ仕切り直せ

2021/5/5 6:33

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の全面返還で日米が合意して25年が過ぎた。当時の橋本龍太郎首相とモンデール駐日米大使が「5〜7年以内に」とした取り決めは果たされず、無為に流れた歳月がむなしい。

 最近の記録映画「ちむぐりさ―菜の花の沖縄日記」に、保育園児の母親の「魔法がとけたみたい」という言葉が出てくる。

 2017年に普天間の保育園や小学校に米軍ヘリの部品が相次いで落下した。園児のわずか50センチ先を直撃した部品もある。空から、いつ何が降ってくるか分からない。平和な日常という「魔法がとけた」―。危険な基地が、市街地に長年居座る現実を物語っていよう。

 合意から25年を迎えた4月、玉城デニー知事は「(米軍岩国基地へ)移駐したはずの空中給油機や外来機が飛来して騒音公害を与えており、負担軽減に逆行する状況だ」と危ぶんだ。本来なら、とっくに跡地の再開発が進んでいるはずの普天間飛行場が、いまだに米軍の運用に委ねられているためである。

 日米が合意した理由は、ひとえに「危険性の除去」だった。重大な事故が起きれば日米の安全保障体制は深刻な打撃を被ると危惧した。橋本、モンデール両氏に限らず、多くの政治家、官僚、民間人が思想信条の違いを超えて動いたのである。

 沖縄戦で県民に多大な犠牲を強いたことへの負い目もあったろう。沖縄が負ってきた重い基地負担の現実も関係者は認めていた。だが、その後の歳月は多くの日本人の意識を遠ざけただけで、今の日本の政治に問題解決への覚悟も見えない。

 沖縄の米軍基地の中でも普天間飛行場は、その存在に最も疑義がある。沖縄戦のさなかに米軍が日本本土攻撃に備えて強制的に接収し、今も使い続ける。戦時の財産奪取を禁じるハーグ陸戦条約に違反している。

 さらに市街地に隣接することで、沖縄の地域振興を妨げている点も忘れてはなるまい。新型コロナ禍に見舞われるまで、年間200万人近い外国人観光客を受け入れていた。地元経済はもはや基地に依存してはいない。米軍基地の整理・縮小は、沖縄振興にもかなうのである。

 台湾海峡有事に備え、米海兵隊にとって沖縄の位置付けが強まるとの見方はあろう。としても、既存の米軍基地へ普天間の機能を移転させ、できるだけ早く普天間の運用停止・閉鎖を実現させることはできないか。

 返還合意の当初は嘉手納基地への普天間統合案など複数の案もあった。それを名護市辺野古沖の公有水面埋め立てが「唯一の解決策」だと言いくるめ、現政権もごり押ししている。

 辺野古への「移設」は論外だろう。公共事業による埋め立ては米軍基地恒久化への道である。しかも海域に軟弱地盤が見つかり、完成時期は早くても30年代の半ばとみられる。合意から40年もかかるとは普天間の固定化としか言いようがなく、あまりに誠意がない。

 普天間返還を巡る迷走は、民主党政権も含めて、その後の歴代政権に責任があろう。安倍晋三前首相はかつて「普天間の危険除去と基地負担軽減は国も県も同じ思いで違いはない」と述べた。ならば政治の責任で、あらためて運用停止・閉鎖へ、仕切り直すべきである。

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