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医療大国の日本、なぜ危機に? コロナ急拡大、現場の見解は【こちら編集局です】

2021/6/3 22:45

 新型コロナウイルスの感染が急拡大し、各地で「医療の危機」が叫ばれる中、編集局にはこんな声が寄せられるようになった。「日本ほどの『医療大国』が、なぜ対応できないの」。飲食店など苦境にあえぐ業界には「医療崩壊を防ぐために緊急事態宣言を」との呼び掛けに対し「崩壊させない策があれば経済への影響を抑えられるのではないか」との疑念も渦巻く。医療現場に疑問をぶつけた。(田中美千子、衣川圭)

 ―「ベッドが足りない」とよく聞くけれど、日本の病床数は世界トップクラスのはず。なぜ不足するの?

 確かに日本の病床数は群を抜いている。経済協力開発機構(OECD)の調査では、千人につき13・0床。米国(2・9床)や英国(2・5床)を突き放し、加盟国で最も多い。ただ広島市のある総合病院の医師は、こう指摘する。「ベッドがあるだけでは患者は受けられない。大事なのは『人』なんです」

 OECDはこんなデータも出している。米国では入院ベッド10床を9・4人の医師が診ている。ところが日本は10床当たりの医師数が1・9人しかいない。看護師数にしても、10床当たり8・7人。米国の42人を大きく下回る。病床が多すぎて、医師や看護師が分散してしまうのだ。他国と比べても、日本は病床当たりの医療人材が少ない。

 この医師の勤め先は、コロナ患者を精力的に受け入れてきた。重症者は急変の恐れがある。24時間の手厚いケアが要るため、患者5人を看護師約30人で診ている。「しかも誰でもいいわけじゃない」。症状が重い人の看護や感染制御の知識と経験が要るのだと、この医師は言う。「感染の不安を抱え、心身をすり減らしながら、使命感で必死に診ているんです」

 ―そうは言っても、今は「緊急事態」。コロナ治療にもっと力を注げないの?

 広島県は、各医療機関に「コロナ体制」へのシフトを求めてきた。感染の広がりに応じ、確保するベッド数の目安を設定。平常時の「フェーズ0」は200床だが、今は緊急度の最も高い「フェーズ4」とし、700床に増やしている。ただ、ある院長は「限界まで増やしてきたが、これ以上は危険だ」と打ち明ける。

 この病院はコロナ患者を受け入れるため、一般患者約50人が入院していたフロアを空けた。それでも、受け入れられるコロナ患者は半分以下の約20人。ベッドの間隔を離し、仕切りを設けるなど、コロナならではの対応が要るためだ。

 院長は「コロナ病床を増やすほど、他の病気の受け入れは当然、難しくなる」と強調する。実際、白内障の手術や検査入院は延期している。「でも脳梗塞やがんなど、命に関わる病気に『延期』は通用しません」。どの医療を優先し、どこを削るのか、国の基準が示されているわけでもない。判断を現場に委ねられ、精神的な負担も大きいという。

 別の受け入れ病院の医師は「一般の患者に転院などの不便を強いた」と憂える。そもそも病床はいっぱいで、背景には国の施策もある。医療費を削るため、入院日数を切り詰め、ベッドの回転率を上げるよう迫られてきた。「うちは病床稼働率95%超で、ぎりぎり採算が取れるかどうか。大半の病床が既に埋まっているのに『コロナもやれ』なんて…」と嘆く。

 ―コロナ患者の入院に対応していない民間病院も多い。なぜ協力できないの?

 広島県は個別の名前を公表していないが、県内では36病院がコロナ患者を受け入れている。確かに、その大半が公立・公的病院だ。「一部の病院に負担が集中し過ぎだ」と漏らす医師もいる。

 だが、市内の民間病院の院長は「限られたベッドをコロナ患者用に振り向けるとなると、かなりの努力が必要」と明かす。今は救急患者を積極的に受け入れているが、その患者のためのベッドが足りなくなれば、救急の受け入れを制限せざるを得なくなる。

 また「医療は一つの病院で完結しないことを知ってほしい」と力を込める。急性期、回復期、慢性期―。患者は症状に合わせて病床を移るため、どこかが機能不全になると地域医療が回らなくなってしまう。

 東京、大阪などの大都市と違い、県内の民間病院の多くは150床に満たない中小規模だ。感染が疑われる人と一般患者の動線を分けることが難しい病院も少なくない。この院長は言う。「民間病院は人手が少なく、余裕がない。コロナ患者の対応に伴って風評が広がれば、患者が減って経営危機に陥る恐れもある」

 政府は、重症者病床を設けた医療機関に1床当たり最大1950万円を補助するなど体制整備を後押しする。が、なお不十分との声もある。全国知事会は、コロナ対応で減収となった病院への補償や、院内感染が起きた際の経営支援も求めている。

 一方、協力の輪も広がりつつある。市内のある中規模病院は先月、危機は脱したものの、退院させるには早いコロナ患者の受け入れを始めた。そうすれば、その患者が使っていた重症者用の病床を一つ、空けられるからだ。院長は「がん手術を控えた人も多く、院内感染は絶対に起こせない。でも、今は非常時。うちも役割を負いたい」と話す。

 ―中国地方は感染者が少ないエリアもある。県境を越えて連携しては。

 広島市は圧倒的に感染者が多く、呉市や福山市に搬送せざるを得なかった例がある。ただ広島大病院(広島市南区)の大下慎一郎准教授は「人工呼吸器を着けた患者の搬送はリスクが高い。遠距離であるほど極力、避けたい」と言う。

 医療崩壊が現実味を帯びた大阪に広島の看護師を派遣するなど、人材支援の実例はある。が、人手が足りないのはどこも同じ。一筋縄にはいきそうにない。

 ―これ以上、経済が失速すれば社会がもたない。医療崩壊が起きない体制を整えられたら、外出自粛や飲食店の時短営業などの対策を緩められるのでは?

 「ベッドを増やしたところで感染は収束しない」。医療現場は、そう口をそろえる。ワクチン接種は始まったものの、まだ道半ば。特効薬も存在しない。人が動けば確実に感染は広がる。一人一人の行動こそが問われているのだ、と。

 広島県は「医療崩壊を起こさないよう、病院と早くから調整を重ねてきた」とする。だが、病院側は患者の転院や職員の配置替え、感染防止策の徹底に時間が要る。流行には波があり、感染者が爆発的に増えると、病床の確保が追い付かない。ある病院長はこう投げ掛ける。「どこかの病院を感染症専門にするべきか。それなら、その病院が担っていた役割はどこが負うのか。みんなで考えるべき時かもしれない」 

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  • グラフィック・末永朋子

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