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尾身氏の五輪発言 政府は警鐘に耳傾けよ

2021/6/8 6:44

 開幕まで50日を切った東京五輪・パラリンピックを巡り、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長による発言が波紋を広げている。

 尾身氏はここにきて、国会などで五輪の開催リスクについて繰り返し警鐘を鳴らしている。

 「今の状況でやるのは普通はない」との認識を示し、それでも開くのであれば「規模をできるだけ小さくすべきだ」とも述べた。近く専門家らの見解をまとめ、独自の提言を表明する考えを示している。

 五輪は分科会の所管外とされ、尾身氏も「政府から意見を求められたことはない」と言う。慎重な物言いだった尾身氏が踏み込んだのは、コロナ対策のとりまとめを担う専門家の見地から、五輪開催に強い危機感を抱いているからだろう。

 10都道府県は依然、緊急事態宣言下にある。医療は逼迫(ひっぱく)し、自宅療養中に亡くなる人も後を絶たない。こうした状況を踏まえれば、当然の発言である。

 政府や東京都、大会組織委員会、国際オリンピック委員会は、尾身氏の警鐘を重く受け止めるべきだ。

 与党内などではしかし、肯定的な受け止めがある一方で、尾身氏の発言を専門家の分限を超えた越権行為だとなじる声が相次いでいるという。

 田村憲久厚生労働相は尾身氏らが示そうとしている提言について、「自主的な研究の成果の発表だと思う」とにべもない。政府にとって都合の悪い忠告には耳を傾けるつもりがないのだろうか。

 政府は、感染対策や緊急事態宣言のあり方について分科会に意見を求めてきた。菅義偉首相も「専門家の意見を聞いて判断する」と繰り返し、節目の会見には尾身氏を同席させてきた。

 それなのに五輪開催の影響については、なぜ分科会から意見を聞かないのか理解に苦しむ。状況に応じて専門家を頼ったり遠ざけたりしては、ご都合主義と批判されても仕方あるまい。

 尾身氏は「何のために開催するのか明確なストーリーとリスクの最小化をパッケージで示さないと、一般の人は協力しようとしない」と、政府のあいまいな姿勢にも苦言を呈している。

 開幕まで1カ月半に迫っても国民の間に高揚感は広がらない。各国選手団の事前合宿が相次ぎ中止となり、大会ボランティア約8万人のうち1万人が辞退した。ワクチン接種が加速しているが、不安が拭い切れていないことの表れだろう。

 だが、首相は「安心・安全の大会にする」と繰り返すばかりである。これでは開催への協力が得られるとは思えない。

 五輪には選手だけで1万5千人、関係者を含め9万人超が海外からやってくる。国内の観客を受け入れれば、夏休みや盆も重なり、人の大きな流れが生じることは避けられない。全国的な感染再拡大を招きかねないとの懸念も出ている。

 政府は選手ら大会関係者と外部の接触を遮断するなど行動を厳しく制限するというが、実効性が不安視されている。

 開催でどんな恐れがあるのか。感染拡大を最小限に抑えるには何が必要なのか。政府は専門家の意見に耳を傾け、リスクを科学的に分析するとともに、その結果と対応策を示し、国民の理解を得なければならない。 

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