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崖っぷち、芸備線の明日は 東城−備後落合、乗って考えた<上>

2021/6/19

高原を快走する新見行き列車(小奴可―道後山)

高原を快走する新見行き列車(小奴可―道後山)

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 中国山地を走るJR芸備線が崖っぷちに立たされている。広島市と岡山県北部の新見市をつなぐ全長159・1キロのうち、東半分の約75キロの区間について、JR西日本が今月8日、運行見直しや利用促進の協議入りを沿線自治体に求めた。全国有数の過疎路線だけに「廃線」の文字もちらつく。再生の手だてはないのだろうか。とりわけ乗客の少ない広島県庄原市内の東城―備後落合間(25・8キロ)で1日3往復の列車に揺られ、考えてみた。

早朝の東城駅

早朝の東城駅

<往路その1>東城から備後落合へ

 旅の起点は、県境の盆地の町、庄原市東城町。午前5時46分、町外れの東城駅に新見からの始発列車が滑り込んだ。この日は平日。旅行者はいないだろうと予想したが、意外にも先客がいた。新見で1泊したという兵庫県の20代男性と、新見市で写真館を営む50代男性。いずれも鉄道ファンだ。

 東城の市街地が途切れ、線路は成羽川の渓谷に沿って山間部に分け入る。朝日を浴びた木々の緑がまぶしい。新見の男性は仕事前の気分転換がてら、新見―備後落合の約50キロを往復するという。「東京ディズニーランドに行かなくても、芸備線ならジャングルクルーズができます」。遊園地の人気アトラクションに見立てるとは、おつな楽しみ方だ。言われてみると、密林を探検している気分になってくる。

ジャングルクルーズのような光景(備後八幡―内名)

ジャングルクルーズのような光景(備後八幡―内名)

 6時14分、リンゴ栽培や桜の名所で知られる高原の駅、小奴可(おぬか)に着く。午前中に広島方面に向かう唯一の便だが、乗車はない。地元の人によると、以前は庄原市中心部などの高校に通う生徒が利用していたが、下校時のダイヤが不便なこともあり、今は寮に入るという。

 地元客を乗せないまま、この列車の終着、備後落合に到着した。箱庭のような山峡の駅。木次(きすき)線が接続するが、この時間帯は乗り換え列車がない。1両に不釣り合いな長いホームで、野鳥のさえずりと列車のエンジン音が響く。6時41分、ワンマン列車は新見の男性と記者を乗せ、来た道を折り返した。

箱庭のような山峡の駅、備後落合

箱庭のような山峡の駅、備後落合

<復路その1>備後落合から東城へ

 通学時間帯に差し掛かる。小奴可駅で東城高に通う生徒2人が乗り込んだ。「秘境駅」で知られる内名駅では、通院や買い物で東城に出る高齢者2人が加わる。谷が開け、対岸に集落が見えると備後八幡駅。ホームに人影はない。「3年前の水害でつり橋が流されてね。駅へ遠回りになったけえ、最近は誰も乗ってこんのんですよ」。内名駅で乗った上田ヒフミさん(79)が教えてくれた。

 7時30分。東城駅で下車したのは、わずか4人だった。人口約7千人の旧東城町の中心駅にしては寂しい。聞けば、中学生は市が運賃を負担するバスを利用し、高校生は親の車に同乗するケースが多いとか。内名駅で高齢者の利用があるのは、「秘境」ゆえにバスも走らず、芸備線が頼りだからだという。

東城駅の待合室で談笑する上田さん(左)たち。朝7時半に列車が着き、スーパーや病院が開く時間まで待合室で過ごす

東城駅の待合室で談笑する上田さん(左)たち。朝7時半に列車が着き、スーパーや病院が開く時間まで待合室で過ごす

 駅前に立つ。背の高い重厚な造りの駅舎が、往時のにぎわいを物語る。1日1キロ当たりの乗客が11人(2019年度)まで落ち込んだ東城―備後落合間も、昔は地域の動脈だった。転機は1978年の中国自動車道の開通。芸備線は競争に敗れ、80年には急行が廃止された。「4両でも座れなかった」(上田さん)という通学時間帯の利用も、少子化で激減。05年には1日3往復に減便され、12年以降は広島から東城まで日帰りで往復できないダイヤになった。

 東城駅の1日平均の乗車は11人(19年度)。それでも窓口には委託の係員がいる。「いかがですか」。切符を求めた記者に、芸備線の写真をあしらったバッジを勧めてくれた。利用促進策として庄原市が用意した切符購入の特典だ。新型コロナウイルス禍で旅行客が減り、バッジは大量に余っているという。「帝釈峡を訪れた観光客が大阪までの切符を買ってくれることもありますが、今はコロナでさっぱりです」

切符購入の特典として駅で配られているバッジ

切符購入の特典として駅で配られているバッジ

 駅にやってきた初老の男性に声を掛けた。車を駅に止め、高速バスで広島へ行くという。「芸備線の在り方を見直す協議が…」。記者が切り出すと、「もう遅いよ」とつれない。口調に一さじの憤慨と諦めが交じる。大阪で就職し、定年で帰郷した男性。芸備線には子どもの頃の思い出が詰まる。

 「まちおこしの問題ですよ。行政も切羽詰まらんと動かんのだから。わしも一度は地元を捨てた人間だから、偉そうなことは言えんが…」。細る鉄路と、合併を経て衰退した町。二つの姿が重なり、余計にいらだちが募るのかもしれない。

往時のにぎわいがしのばれる東城駅。広島方面へは高速バスに主役の座を譲っている

往時のにぎわいがしのばれる東城駅。広島方面へは高速バスに主役の座を譲っている

 駅前に待機していたタクシーも去り、話し掛ける相手がいない。町を歩いてみることにした。たたら製鉄の時代に鉄の集散地として栄え、江戸期には1万石の城下町だったという東城。旧街道沿いに、趣のある町家が連なる。

 レトロなカフェを見つけ、ランチを注文した。店主の山岡翼さん(35)は兵庫県姫路市で十数年働き、Uターンしたという。芸備線の話を振ってみた。「赤字の度合いにもよるけど、厳しいですよね」。商売をする身なら、誰もがそう考えるだろう、とうなずく。

 「ただ…」。山岡さんは続けた。「東城に三楽荘が残ってなかったらと思うとぞっとするんですよ」。そこから話が膨らんだ。三楽荘とは、東城の町並みのシンボルと言える築130年の元旅館。解体の危機にあったが、市が費用を負担して再生した。国登録有形文化財となり、お茶席や音楽会が開かれる交流施設として親しまれている。

店内でゼンマイ仕掛けの時計を見上げる山岡さん

店内でゼンマイ仕掛けの時計を見上げる山岡さん

 「時代が一周して価値が出てくる物ってありますよね、フィルムカメラとか古民家とか。これもそう」。山岡さんは、壁に掛けた自慢のゼンマイ時計を指さした。「今の世代の価値観だけで時代遅れ、必要ないとか決めつけるのは怖い気もします」。あえぐ鉄路へのエールにも聞こえた。

<往路その2>また東城から備後落合へ

 列車の時間が迫る。後ろ髪を引かれながら東城駅に戻った。午後1時38分。新見からの2番列車には、内名へ帰る上田さんたち地元客に交じり、鉄道ファン5人の姿もあった。ニュースで芸備線の窮状を知り、急きょ乗りに来たのだろう。

「秘境駅」の内名駅。貴重な交通手段として高齢者に頼られている

「秘境駅」の内名駅。貴重な交通手段として高齢者に頼られている

 中年の女性2人連れも、懐かしそうに車窓を眺めていた。愛知と大阪に住む姉妹。伯備、芸備線を乗り継ぎ、小奴可の実家に帰省する道中という。芸備線の危機は、母親が入る東城の福祉施設のスタッフから聞かされていた。「長距離を車で帰る自信はないし、なくなったら困りますね」。乗る機会は少なくても、彼女たちには古里につながる大事な鉄路なのだ。(馬場洋太)→【<下>に続く】

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