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開会式の作曲担当辞任 五輪理念、なぜ分からぬ

2021/7/21 6:48

 五輪の理念に反する不祥事が開幕目前にしてまた起きた。

 東京五輪開会式で作曲担当だった小山田圭吾氏が辞任した。小中高校時代に障害のある同級生に対し、いじめを超えた陰惨な行為をしたといい、それをインタビューで自慢げに語る雑誌記事が発覚していた。

 多様性と調和を掲げた大会とは全く相いれない。謝罪文を公表したが、国内外から批判が収まらなかったのも無理はない。

 同時に、発覚後も小山田氏を擁護し、続投させようとした大会組織委員会の感覚もまた信じられない。

 東京五輪を巡っては女性蔑視発言など、理念に背く言動がこれまでも相次ぎ、海外でも報じられた。大会はもちろん開催国日本のイメージはすっかり失墜したと言わざるを得ない。

 これほど理念から外れ、不祥事を続発させる組織委に五輪を開催する資格があるだろうか。

 今回明らかになった小山田氏の所業は、いじめという言葉には到底収まらない。障害のある同級生の人格を否定する虐待行為であり、犯罪ともいうべきものだ。その内容を、成人した後も武勇伝のように語った神経が理解できない。人間の尊厳をどう考えているのか。他者の痛みに思いが至らないのか。

 知的障害のある人や保護者らでつくる、全国手をつなぐ育成会連合会は「五輪・パラリンピックを楽しめない気持ちになった」と声明を出した。いじめ被害者の苦痛、苦悩は長く癒えない。小山田氏の加害が耳目を集めたことで再び傷口が開いたに違いない。

 平和の祭典である五輪に対し、人間の可能性の祭典と呼ばれるパラリンピック。小山田氏のような人物の参画がふさわしくないのは明らかだ。ところが組織委は続投させようとした。

 「謝罪した」「開会式に間に合わない」などと組織委は理由を挙げた。おととい、「誤った判断だった」とようやく謝罪。問題の重大さを理解できず、逆に事を大きくしてしまった。

 そもそもなぜ小山田氏を起用したのか。14日に起用が発表されるや、すぐ例のインタビューがインターネット上で指摘されている。知られていたことらしく、事前に調べれば確認できたはずだ。リサーチを怠った上、発覚後の判断力も欠いた。

 組織委前会長の森喜朗氏による女性蔑視発言、式典の統括役によるタレントの容姿を侮辱した演出案など、東京五輪の理念に反する言動が相次ぎ表面化。辞任劇が繰り返されてきた。

 ほかにも招致を巡る贈賄疑惑をはじめ、開催費や新国立競技場建設費の膨張、五輪エンブレムの白紙撤回など、次から次へと問題が起きてきた。

 主役のアスリートのあずかり知らぬところで、東京五輪のイメージはおとしめられている。選手が気の毒でならない。

 小山田氏の音楽は使わず、パラリンピックの担当も外すという。当然だ。とはいえ2日後に迫る開会式。新たな楽曲づくりや演出の変更などを間に合わせるのは大変だろう。

 スタッフやボランティアの多くは、開会式や大会をよりよくしようと努力している。肝心の組織委はどうか。五輪の精神を理解できているとは思えない。今の組織委で五輪を開催できるかどうか、甚だ疑問だ。

#東京五輪・パラ

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