「原爆の日」特集

【2014平和のかたち〜ヒロシマから】ミカサ社長・佐伯武俊さん

2014ヒロシマ2014/8/6 0:00
ミカサ社長 佐伯武俊さん

ミカサ社長 佐伯武俊さん

顔を合わせて話しよう


 69年前のあの時。爆心地から2・7キロ離れた、今の広島市西区己斐西町の疎開先で空を見上げていた。よく晴れた朝。3機の飛行機がきらきらと輝いて見えた。次の一瞬。いきなり視界の全てが黒いような黄色のような光に包まれた。とっさに防空壕(ごう)へ駆け込んだ。やけどもせず、健康に生きてこられたのは運が良かった。

 5歳11カ月だった。記憶は断片的。だけど、あまりに強烈で忘れられないことがある。近くの小学校の校庭で遺体が焼かれていた光景。あちこちに掘った穴がくすぶっていた。臭いも鼻を突いた。原爆は非人道的だと幼心に焼き付いた。

 私たちは100以上の国・地域でボールを売っている。海外からの来客が多い。そうした時、私はできるだけ経験を伝えるようにしている。広島の人間として、言わんといけんと感じてしまう。

 反応はさまざま。ある米国人には「パールハーバー」とすごまれた。真珠湾攻撃をした日本には当たり前の報いということなのでしょう。別の米国人経営者は静かに聞き入った。後に原爆資料館を見学して泣いたという。気まずい雰囲気になることもある。だけど面と向かって伝えないと何も始まらない。言葉を重ね合い、お互いを理解しないと友好は深まらない。

 いま、隣国との領土問題が目立っている。インターネットを使って相手の国を悪く言う風潮が広がっていると感じる。歴史を振り返ると、衝突や交流を何度も繰り返してきた。なぜ今、衝突か。顔を合わせて話をする機会が減っているんじゃなかろうか。対面で主張し、相手の考えも知るよう努めないと。

 幸い、スポーツ用品を扱っている。スポーツは国際交流を育む。その道具をつくる。こんなにうれしいことはない。もっと広く、世界中へボールを届けたい。手に取った人たちが笑顔を浮かべ、練習に打ち込み、国が違う人とも試合を楽しむ。常にそんな光景を思い描きながら歩んでいる。(聞き手は山瀬隆弘)

 さえき・たけとし

 広島市西区出身。現在の天満町にあった自宅が建物疎開されるため、1945年春に移った己斐小近くで被爆した。広島大工学部卒業後、徳山曹達(現トクヤマ)を経て明星ゴム工業(現ミカサ)入社。2003年から社長。74歳。

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