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80人の死、無念さ切々と 原爆投下4カ月後、故島薫院長の弔辞現存【ヒロシマの空白】証しを残す(動画)

2021/8/4 23:01
薫さんが慰霊祭で読んだ弔辞。一言一言に断腸の思いがにじむ(撮影・高橋洋史)

薫さんが慰霊祭で読んだ弔辞。一言一言に断腸の思いがにじむ(撮影・高橋洋史)

 ▽長男「生涯重荷背負った」

 「見渡す市街はたゞ(だ)土塊の廃虚に化せり。誰か涙無くしてこの惨禍を打ち眺め得るものぞ」―。爆心地の島病院(現島内科医院、広島市中区)が米軍による原爆投下から4カ月後に慰霊祭を開いた際、故・島薫院長が読み上げた「吊詞(ちょうし)」(弔辞)が残されている。医師や看護師たち約80人の犠牲に対する悲しみが切々とつづられている。

 【関連記事】焼失の島病院、設計図発見 爆心地周辺で「貴重」

 島病院が1933年に開業した当時の設計図とともに、安芸区にある島家の蔵から今春見つかった資料の一つ。長さ約184センチ、幅約28・5センチの和紙に毛筆で書かれ、末尾に「昭和二十年十二月六日」とある。
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  • 「父は、自分だけが生き残ったことを一生涯思い悩んだと思う」と語る一秀さん(撮影・田中慎二)
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