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東京パラリンピック閉幕 五輪の在り方、問い直す

2021/9/5 6:39

 史上最多4403人のアスリートが競った東京パラリンピックがきょう幕を閉じる。新型コロナウイルスの感染拡大によって1年延期され、異論もある中、原則無観客で開催にこぎ着けた多難な大会だった。

 とはいえパラリンピックがオリンピックの在り方を問い直す大会でもあったといえよう。

 「もう一つのオリンピック」を意味するパラリンピックは第2次大戦の終結後、英国で催された傷病兵のアーチェリー大会が起源だ。パラプレジア(下半身まひ)の「パラ」が当初の意味だった。創始者グットマン博士には「失われたものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ」との名言がある。

 絶望の淵にあった傷病兵たちがスポーツに見いだした光明は、今なお色あせないパラリンピックの原点だろう。冷戦体制の崩壊後も、紛争やテロなどによって身体の一部を失う人々は世界中で後を絶たない。

 難民選手団に加わった男子競泳選手は母国シリアの内戦に巻き込まれて膝下を失った。逃れたギリシャで再起し、前回リオデジャネイロ大会に続いて出場した。幼少の頃に始めた水泳が生きる糧となったのだ。

 ザンビアの女子陸上選手は視覚障害に加え、「アルビノ」という生まれつき体の色素が少ない遺伝子疾患ゆえ、母国で理不尽な迫害を受けてきた。日本体育大の支援を受け、偏見と闘う意味も込めて走ったという。

 2005年のJR福知山線脱線事故で重傷を負った日本の女子アーチェリー選手は、東京開催が決まった年にこの競技と出合う。準々決勝で敗退したが、競技人口を増やすなど次の目的は持つことができたようだ。

 選手個人にとっては生きる意味を探す舞台だったろう。そうした姿を見る私たちもまた励まされたのではないか。

 小中高などの「学校連携観戦プログラム」は認められたものの、直前になって見送る自治体が相次ぐなど混乱した。コロナ禍がなければ歓迎された事業に違いない。パラリンピックを教材として、今後も学校でアスリートと交流などを続ける機会も探ってもらいたい。

 パラリンピックは互いの違いを認め合い、共に生きる社会を目指す理念を掲げている。商業主義が台頭して久しい五輪とは異なり、人類が掲げるべき普遍的な価値を体現しているともいえよう。五輪の方がパラリンピックに学ぶ時代ではないか。

 一方で、先進国や中国などは強化費をつぎ込み、義足や車いすの開発に力を入れる。企業の社会的責任(CSR)が重視される中、日本でもスポンサー企業は格段に増えている。アスリートの身体能力だけでなく、技術革新や資金力が格差を広げていく心配はないのだろうか。メダル至上主義に陥らず、多様な生き方を認める社会に資するのがパラリンピック―との基本を忘れないでもらいたい。

 パラリンピックの競技が市民スポーツ、生涯スポーツとして定着することも期待したい。重度の脳性まひや四肢まひのアスリートが出場する「地上のカーリング」ボッチャは、障害の有無に関係なく楽しめるという。

 パラリンピックの評価や位置付けが、五輪の在り方を問い直していく。東京大会を、そんな循環の起点としたい。 

#東京五輪・パラ

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