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「行動制限緩和」方針 緊急事態下では無理だ

2021/9/12 6:43

 新型コロナウイルスの感染が拡大していても、ワクチンの接種歴や陰性証明を使って行動制限を緩和する方針を政府が打ち出した。都道府県をまたぐ旅行の自粛要請をやめ、飲食店には酒類の提供や営業時間の延長なども認めるという。

 ワクチン接種が行き渡った時点で踏み切る想定だという。国民の日常生活を取り戻す「出口戦略」を用意し、その行程表を具体的に検討しておくことは必要だし、理解できる。

 ただ、新規感染者数は下火になったとはいえ、高止まりの傾向が続く。重症者数は減らず、医療体制は依然として厳しい。東京や広島など19都道府県について、月末までの緊急事態宣言延長を決めた同じ日にこうした方針を示せば、混乱を招くことは容易に想像できる。

 本紙「こちら編集局です」の取材でも、政府方針に理解を示す半面、「緩みが出る」「時期尚早」といった懸念の声が読者から寄せられている。

 経済対策に走るあまり、感染防止が後手に回った「GO TO トラベル」の失敗もある。緩和ありきではなく、社会の幅広い納得や合意が欠かせない。政府は何より、国民に対する説明を尽くさねばならない。

 今回の方針は、政府の新型コロナ感染症対策分科会による提言を踏まえたものだ。条件を付けた上での行動制限の緩和は、海外で始まっている。経済界の期待感も強かろう。

 ただ、分科会の尾身茂会長は「緊急事態宣言下での制限緩和は想定していない」と政府にくぎを刺している。緩和は段階的に、状況に応じて進めるべきだとの指摘は、医療への負担を考えれば当然だろう。宣言下での緩和も見据える政府の認識とは隔たりが大きい。

 西村康稔経済再生担当相は、行動制限について「強化することもあり得る」とし、緩和ありきでないことを強調している。だが、ブレーキとアクセルとが混在する事態になれば、社会の混乱は避けられまい。

 相次ぐウイルスの変異で、集団免疫の獲得による封じ込めが危ぶまれている。ワクチンを打てない人や希望しない人が不利益や差別を受けなくする対応策も、まだ詰められていない。接種済みの人でも感染するケースさえある。

 対策がおざなりのまま、野外音楽イベントが感染を招いた例もある。きのうの全国知事会でも、「国民を楽観させることは不適切」と今回の方針を危ぶむ意見が出た。緩和論が先走れば、気の緩みを招きかねないとの懸念が拭えないのだろう。

 行動制限の緩和は、与党側が求めていた。国民的な議論とともに幅広い合意が必要な、極めて重要な政策判断である。ここは与野党の垣根を越えて、課題を精査し、議論を積み上げていくべきではないか。

 国民の苦境をくみ取り、専門家の知見を反映した政策を実現することは、政治の役割にほかならない。コロナ対策では、なおのことだろう。与党は国会の召集を拒まず、今回の方針を含め、野党と前向きな意見を交わし合うことが求められる。

 それができない限り、緊急事態宣言のさなかで行動制限を緩和することなど、もっての外である。まさに今、政治の責任が問われている。 

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