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「前後裁断」という境地

2021/9/12 6:43

 プロ野球の投手だった下柳剛(つよし)さんは34歳の時、日本ハムからトレードの通告を受ける。移った阪神では盛り返し、37歳で最多勝までものにする。そのグラブに、新規まき直しをもたらした4文字の縫い取りがあった。〈前後際断(さいだん)〉▲沢庵(たくあん)禅師という、江戸時代の和尚さんの言葉である。過去をくよくよ引きずっても何も変わらず、未来を憂えても取り越し苦労になるのがおち。今の今、この時を生きよとの戒めらしい▲「退くも地獄、進むも地獄」は承知だったはずである。同僚への暴力から日ハムを退団し、巨人に転進した32歳の中田翔選手が打率1割台の不振にあえいでいる。きのう2軍へ。外野の声は耳に届いていよう。「無期限で出場停止の身だったはず」「北海道の地元ファンは置き去りか」…▲当の本人も心中穏やかではあるまい。自らの言動を省みる時間もろくろく与えられぬまま、プレーに日々追い立てられる。元締なのに知らんぷり同然の日本野球機構も、どうかしている▲中田選手は日ハム時代、不動の主軸で「顔」だった。道産子の少年少女には裏切られた思いも深いだろう。野球選手である前に、社会人であることだけは断ち切ってほしくはない。

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