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復興へ歩む街 色鮮やか【ヒロシマの空白】証しを残す

2021/10/15 22:58
広島電鉄の木炭バスが走る広島駅前。奥に「市場通」の看板が見え、駅南口東側エリアとみられる(1949年にパトリック・レノックス・ティアニー氏撮影、ユタ大J・ウィラード・マリオット図書館提供)

広島電鉄の木炭バスが走る広島駅前。奥に「市場通」の看板が見え、駅南口東側エリアとみられる(1949年にパトリック・レノックス・ティアニー氏撮影、ユタ大J・ウィラード・マリオット図書館提供)

 米国のユタ大図書館に、被爆4年後の1949年に広島市で撮影されたカラー写真が残っていた。同年には市の復興の礎となった平和記念都市建設法が制定された。米軍の原爆投下による中心部の壊滅から再建へ歩む街と市民の姿を色鮮やかに今に伝える。

被爆4年後のカラー写真 米大図書館20枚保有
(ここまで 138文字/記事全文 713文字)

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  • 木と竹の柵で囲われた原爆ドーム。右下は「爆心地訪問者のためのお土産」などと英語で記された案内板(1949年にパトリック・レノックス・ティアニー氏撮影、ユタ大J・ウィラード・マリオット図書館提供)
  • 原爆ドーム南側に残る、被爆前に県産業奨励館だった当時の庭園の跡。周囲の街並みも見て取れる(1949年にパトリック・レノックス・ティアニー氏撮影、ユタ大J・ウィラード・マリオット図書館提供)
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