文化・芸能

書きたくなった父のこと 第52回の大賞受賞・美濃左兵衛 第53回中国短編文学賞作品募集に寄せて

2021/1/5 20:01
美濃左兵衛さん

美濃左兵衛さん

 中国短編文学賞で大賞を頂いたひと月ほど後、年老いた父親が自宅で骨折した。手術は成功し経過も良好だったが、今度は入院している病院で深夜、心臓付近の大動脈に解離が起こり、救急車で他の病院へ運ばれ、さらに大きな手術をすることになった。

 緊急手術を担当する医師団は、手術の困難さと術後の回復の見込みについて、駆け付けた家族に圧倒的に悲観的な説明をして下さった。俺は「もう、このままお父ちゃんの手を握って見送ったらいけんですか」という言葉が、およそ前歯の裏側に跳ね返る辺りまで出かかったが、一緒に付き添っている母親と兄貴、そして何より父親の意向が解(わか)らず緊急の手術を受けることになった。集中治療室の外のベンチに座り、俺は予想される最悪の結果によるダメージから自分を守るために、手術の成功など端(はな)から諦めて、スマホの旧暦カレンダーで六曜を調べ、2日後が友引であることを頭に入れた。

 だが父は優秀な医師団の驚異的敢闘により悠々と生還して、心臓の手術の傷を癒やし、さらに今また歩く練習をしている。退院を前に要介護度が上がり、自宅で元のように暮らすことは難しくなって困っていたが、相談員の方に近くの施設を紹介していただいた。

 入所にあたって父親の生活史というものを求められて俺が書くことになった。85年生きた人間の、およそのことをA4用紙半分程度に纏(まと)めるのだ。本筋の話を忘れたふりで延々とわき道にそれた話を続ける俺のような人間にこれは難題だった。簡潔にまとめようとするほど「400字詰め原稿用紙20枚以内」に書いて残しておきたい父親に関する挿話が次々と湧き上がってきて、困った。

 ええなあ「中国地方5県在住または在勤・在学者」の皆さんは。こんなときに「第53回中国短編文学賞」に物語を書いて応募することができる。「パソコン・ワープロ原稿はA4判用紙に20字×20行で縦書き」にてお願いします。俺も何か書きたくなったな。

 新しい「閉じ行く世界」になり、何処にも行かない俺にはもともと縁のない航空機の便数がめっきり減った。畑の上の空に縦横に描かれていた真っ白い飛行機雲も見えなくなり、それを眺めながらポカンと口を開けて気を取られることも少なくなった。お陰(かげ)で草取りもはかどる。「パチンコの話はえかったよ」。畑にしゃがんでいる俺の後ろで声がした。「次のを楽しみにしとるよ」。振り返って愛想を言う間もなく、誰か知らない爺(じい)さんはサドルの低い自転車に乗って遠ざかって行った。

 みの・さへえ 本名中村隆(なかむら・たかし)。1965年、広島県大野町(現廿日市市)生まれ。88年、高知大農学部を卒業後、地元の会社に就職。90〜92年、青年海外協力隊員としてパプアニューギニアで活動。50歳で会社を退職。「きょうだい」で第52回中国短編文学賞大賞。廿日市市在住。

 ▽2月1日締め切り

 中国新聞社は、第53回中国短編文学賞の作品を2月1日まで募っています。選者は作家の高樹のぶ子さんです。創作に励む皆さんの力作をお寄せください。

≪募集要項≫

 【作品】短編小説。題材は自由。自作の未発表作品に限る(同人誌やインターネット上などでの発表作、他の文学賞への応募作は不可)【応募規定】400字詰め原稿用紙20枚以内(パソコン・ワープロ原稿はA4判用紙に20字×20行で縦書き)。作品の最初に別紙を付け、タイトル、住所、名前(ふりがな、ペンネームの場合は本名も)、生年月日、職業(学校名)、電話番号を明記。原稿には通し番号(ページ数)を入れてください。メールで送る場合は、ファイルをPDF化し、添付ファイルで送ってください【応募資格】中国地方5県在住または在勤・在学者【宛先】応募は郵送またはメールで。〒730―8677広島市中区土橋町7の1、中国新聞社編集局「中国短編文学賞」係、tanpen@chugoku―np.co.jp【締め切り】2月1日(月)=当日消印有効。メールは午後11時59分まで受け付け。問い合わせは文化担当Tel082(236)2332

≪賞≫

 大賞1編=正賞 記念牌(はい)、賞金50万円▽優秀賞若干=同 記念盾、同10万円【発表】5月の中国新聞紙上

 応募作品は返却しません。受賞者は写真、略歴付きで紹介するほか、贈呈式に出席していただきます。入賞作品の著作権は中国新聞社に帰属します。


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