文化・芸能

第二の人生、僧侶になる 学び、何歳からでも

2021/2/7 19:02
「僧侶として真宗の教えを広く伝えられるようになりたい」と話す清水さん

「僧侶として真宗の教えを広く伝えられるようになりたい」と話す清水さん

 第二の人生をどう歩むか。仏教を心のよりどころとし、僧侶になるという生き方もある。社会に閉塞(へいそく)感が漂い、心のありようが問われる時代。仏門に入り、学びを深めようとする人たちの思いに触れた。

 広島市安佐北区の清水哲臣さん(74)は3年前、浄土真宗本願寺派蓮光寺(安佐南区)の僧侶になった。大学教授だった67歳の時、脳梗塞を患った。死について、正面から向き合う必要性を感じたという。「残りの人生を考えた時、その答えが仏教にはあるのではないかと思った」。脳梗塞の後遺症に苦しむ中、仏教の入門書を読み始めた。

 71歳の2017年、仏壇の引き出しに、亡き父が自分に宛てた手紙を見つけた。「仏道を歩んでほしい」とあった。父は40代で警察官から僧侶に転身した。父を突き動かしたものは何だろう、息子に何を教えたかったのだろう―。父の言葉に導かれ、72歳で本願寺派の僧侶養成機関、広島仏教学院(西区)に入学。学生時代の友人が住職を務める蓮光寺を所属寺院にして得度した。

 得度式では「勉学布教を怠らないこと」「仏恩報謝(ぶっとんほうしゃ)の生活を送り、心豊かな社会の実現に貢献すること」などを誓った。「仏道は深く、知る欲求は尽きない」と語る。自分中心に物事を見ないよう気を付け、今につながる数々の縁に感謝しながら正信偈(しょうしんげ)を唱える日々だ。

 「仏様は、ありのままの私たちを救ってくださる。そんな大きな力に身を任せて得られる安らかな境地こそ、父が私に伝えたかったことかもしれない」。いずれは法話に取り組みたいと意気込む。

 本願寺派西福寺(福山市)の僧侶、宮本克巳さん(67)=広島市東区=も、法話の研さんを積む日々だ。約40年間勤めた電力設備会社を62歳で退職。それから広島仏教学院で学び、63歳で得度を受けた。

 「サラリーマンというよろいを脱いだ時、組織も何も持たない自分を見つめるようになった。『自らも煩悩だらけの人間だ』という親鸞(しんらん)聖人の考えに関心を持った」と振り返る。私が私が、という我執(がしゅう)から抜けられるのではないか―。自らを変えるため、僧侶を志した。

 「実際に、僧侶になったからといって我執は取れない。苦悩や不安、孤独はなくならない」と苦笑する。「だけど安心して悩めるようになった」。今も広島仏教学院に通い、学びを深めている。法話は苦手だが、自分自身の言葉で話すよう練習している。衣の重みをひしひしと感じている。

 広島仏教学院の学院長で本願寺派西向寺(中区)の高松秀峰住職(54)は「さまざまな立場の人が第二の人生の心の安らぎを求めて仏門を目指している。親鸞聖人も90歳まで一人の人間として苦悩し、もがきながら仏の教えを見つめた。生涯を通じて仏教の知識や考え方を身に付け、その学びを多くの人に伝えてほしい」と話している。(久行大輝)


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