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【浄酎の挑戦】<上>酒蔵の再生 木だるで熟成、広島発製法

2020/3/25
浄酎のボトル。ピュアなアルコールのしずくが落ちる瞬間を表現したモダンなデザイン

浄酎のボトル。ピュアなアルコールのしずくが落ちる瞬間を表現したモダンなデザイン

 低迷する日本酒業界に風を吹き入れるのだろうか。広島発の酒造りプロジェクトが始動した。挑むのは「ナオライ」(呉市)の三宅紘一郎社長(36)。酒の名を「浄酎」という。各地の純米酒から造り、ウイスキーのように木だるで熟成させるユニークな製法を開発した。中小零細の酒蔵の再生を目指す試みを追った。

 築100年を超す広島県神石高原町の蔵に、日本酒の甘い香りがふんわりと漂う。出来上がった浄酎を口に含むと、純米酒独特の香りがする。しかしアルコール度数は40〜45度と一般の日本酒よりかなり高く、飲み口は焼酎のよう。

 その理由は「浄溜」という製法にある。純米酒から水をとばし、35〜40度の低温でアルコールを抽出する。すると日本酒の風味が残り、そこに日本酒由来のうまみ成分を加える。

 この浄酎は、そのまま飲むだけでなく、サクラやカシなどの木だるで寝かすものもある。日本のウイスキーのように、熟成させた高級酒で海外の富裕層にアピールするのが目標だ。日本酒の香りや風味は生かしつつ、早く飲まないと味が落ちやすい欠点を乗り越えたいという。

 三宅社長は、広島のほかにも全国に浄溜所を設け、特色ある浄酎の輪を全国に広げるのが夢だ。社名のナオライは、祭りの後にお神酒を酌み交わす伝統の「直会」から取った。社員の鈴木広大さん(25)は「日本の地酒文化を再生し、未来に引き継ぐプロジェクトなんです」と力を込める。

 日本酒業界は今、逆風下にある。清酒を造る蔵は昭和30年代初めに全国で4千を超えたが、ここ最近は1600を切る。若者の酒離れ、アルコール飲料の多様化で消費が伸び悩む。個性あふれる地酒が一つ、また一つと消え、日本の地酒文化が揺らいでいる。

 神石高原町で浄酎造りの場に物置蔵を貸している田中秀二さん(88)も、5年ほど前に「神招(かみまねき)」という日本酒の製造をやめた一人。「昼夜問わない酒造りはきつい仕事じゃし、師弟関係も厳しいから蔵人が集まらない。時代の流れじゃろうが寂しい現実」と話す。

 三宅社長は「このままじゃ、日本酒は廃れてしまう」と危機感を募らせる。「米、米こうじ、酵母、そして水。自然の恵みが詰まった純米酒は蔵の個性の象徴」と考える。地域の酒蔵から余った純米酒を提供してもらい、浄酎を造って売ることで酒蔵に利益を還元する―。そんな循環を狙う。

 今は広島県北部の3社の酒を使う。その一つ、「向井櫻」を造る向原酒造(安芸高田市)はここ20年ほどの間に、出荷量が2割ほどに落ち込んだ。杜氏(とうじ)になって間もない渋川健さん(25)は「浄酎は、手作りの地酒の素晴らしさを見直してもらえる好機になりそう」と期待する。

 日本酒の需要のけん引役として期待する声も上がる。「雨後の月」の相原酒造(呉市)の相原準一郎社長(63)は、1月半ば、広島市中区であった試飲会に参加。「日本酒をベースに長期熟成させるのは面白い試み。ただ、日本で売れない酒は海外でも厳しい。飲み方などをどう消費者に提案し、認めてもらうかが成功の鍵」とみる。

 浄酎は、開発に向けたクラウドファンディングで、約2カ月の間に582万円を集めた。欧米やアジア各国からも問い合わせがあり、新しい酒の誕生に注目が集まる。710ミリリットルのボトルは1万円前後で4月上旬から本格的に販売する予定。「時間をかけ、置けば置くほど丸みが出て味に深みが増す。私たちと地域の酒蔵が共存共栄していけるビジネスモデルを確立したい」と三宅社長。夢の酒を引っさげ、いざ世界へ。(桜井邦彦)

【浄酎の挑戦】
<下>目指すはSDGs 有機米と果実、自然守る味


この記事の写真

  • 神石高原町の古い物置蔵をリノベーションし、浄酎造りに励む鈴木さん(撮影・井上貴博)
  • 向原酒造の渋川さん(右)と、浄酎の原料にする純米酒の味を確かめる三宅社長(中)と鈴木さん(安芸高田市)

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