• トップ >
  • くらし >
  • くらし >
  • 100歳迎える「ピアニスト」、今が人生の春 広島市東区の高橋和さん

くらし

100歳迎える「ピアニスト」、今が人生の春 広島市東区の高橋和さん

2019/5/23 20:49
コンサートに向け、自宅のピアノで練習を重ねる高橋さん(撮影・大川万優)

コンサートに向け、自宅のピアノで練習を重ねる高橋さん(撮影・大川万優)

 この夏100歳を迎える広島市東区の高橋和さんは「ピアニスト」だ。来月、市内である愛好家たちのコンサートに出演する。子どもの頃に手習いを受け、遠ざかっていたピアノを再開したのは88歳のとき。思い切り打ち込める今が「人生の春」なのだという。幸せをかみしめながら、節目の晴れ舞台に臨む。

 ▽6月コンサート出演 亡夫への思い、音色に込め

 朝食後、居間のアップライトピアノに向かい、すっと背筋を伸ばす。鍵盤に指を置くと、小さな体からは想像も付かないような力強い演奏が始まった。体全体を使い、激しく、切ない音色を奏でる。島崎藤村の詩が基になった曲「惜別の唄」を一気に弾ききった。

 パワフルな約30分の練習に、疲れは見えない。発表会前の今は、昼食の後にも鍵盤に向かう。「せっかく主役になれるんだから、失敗したくないじゃない」と高橋さん。楽譜には「しっかり」「間を」などの注意点が、鉛筆で書き込まれている。

 死ぬまでピアノを弾き続けたい、と言う。ただ最近は、演奏中に手が痛くなることがある。「ここは力強く」と思っても、指が思い通りに動かない。体の衰えには逆らえない。少し前には左膝が痛んで病院へ行った。だが、かかりつけの医師は「どうもない。自慢の患者です」と言う。高橋さんは「近所の人からも、ピアノが弾けるんじゃ介護認定はもらえんね、と言われてね。誰も同情せんの」。ホホホと笑って、自らの老いを受け流す。

 地域でも人気者の「ピアノおばあちゃん」は、午後の練習が終わると掃除や買い物、料理で忙しい。家族は市内に住むが「気楽だから」と1人暮らしを続け、身の回りのことは何でもこなす。

 大正8(1919)年生まれ。小学生でピアノを習い始めたが、戦争が激しくなるにつれて弾けなくなった。20歳で結婚して旧満州(中国東北部)に渡った後、夫寿也さんは戦地に赴く。幼い息子2人と引き揚げ船で帰国。シベリア抑留で夫を亡くし、戦後は鋳物工場や建設会社で必死で働いた。

 85歳まで調剤薬局で事務職として務めた。ようやく穏やかな時間を持てた時、どうしてもピアノが弾きたくなった。88歳で出会った講師の家所貞子さんは、ピアノへの情熱をたたえ、背中を押してくれた。その日から、ほぼ毎日弾き続けている。月1、2回、バスか近所の知人の車でレッスンに通う。

 いつも朗らかな高橋さんだが、夫のことを話すと今も涙が出る。ともに過ごした時間、亡くした悲しみ、戦後の苦労…。その全てをピアノの音色に託す。

 7月で100歳になる。発表会では「惜別の唄」やベートーベン「月光」第1楽章、軍歌「同期の桜」などの5曲を奏でる。「あなたの分まで幸せに生きています。お空にいったら、たくさんお話ししましょうね」。平和への感謝と亡き夫への思いを込めて演奏するつもりだ。(標葉知美)

    ◇

 高橋さんら22人が出演する「アマチュアピアニストコンサート」は6月2日、広島市中区の県民文化センターである。午後1時15分開演。入場無料。事前予約は必要ない。やまなみコンサーツ大人専科ピアノ教室Tel090(9413)0317=家所さん。

 動画はこちら

この記事の写真

  • 「新しい曲に挑戦するのが楽しい」と話す高橋さん=広島市東区(撮影・大川万優)

上記の写真をクリックすると拡大して表示されます。

  • 前の記事へ
  • 次の記事へ

 あなたにおすすめの記事

くらしの最新記事
一覧