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引きこもり当事者「偏見やめて」 事件相次ぎ…ネットで中傷

2019/6/28 19:39
引きこもりの20代後半の女性(手前)の自宅を訪ねる岩崎さん(広島市内)

引きこもりの20代後半の女性(手前)の自宅を訪ねる岩崎さん(広島市内)

 川崎市で児童らが殺傷された事件から1カ月。容疑者に引きこもり傾向があると報じられた後、ネット上などで「引きこもりは危ない」「犯罪予備軍」という根拠のない偏見が広がった。誤ったイメージが独り歩きすれば、ますます追い詰められ孤立してしまうと当事者は苦悩する。「偏見の目で見ないで」―。引きこもっている当事者たちの悲痛な声を聞いた。

 事件の後、動揺が収まらないという広島市内の20代後半の女性を訪ねた。団地の一軒家に母親と暮らし、15年以上家から出られずにいる。事件のニュースで「引きこもり」という言葉が出た瞬間、体がこわばった。「バッシングされるだろうなと覚悟しました」

 案の定、ネットの画面は攻撃的な書き込みであふれた。「1人で死ね」「親が死んで金に困ったら殺人に走る」「生産性がない」「収容所に入れろ」―。テレビで容疑者を「不良品」と例えるお笑いタレントもいた。

 「自分に向かって言われているようでショックでした。この年まで働かず、社会にも親にも迷惑を掛けている罪悪感でいっぱいです」。傷つくと分かっているのに、自傷行為のようにネットを見続け、打ちひしがれた。「でも人を殺すような人とは一緒にしてほしくない。殺人するくらいなら、まず自分を刺します」と声を絞り出した。

 中学時代、いじめが原因で不登校になった。父親からは「はみ出し者」と怒鳴られ、物を投げ付けられた。学校でも家でも自分を責めて神経をすり減らす日々。父が亡くなった後も、家から出ようとすると激しい腹痛に襲われる。

 この女性の訪問支援をしている楽らくゼミナール代表の岩崎正導さん(51)=広島市中区=は「引きこもっている人は、繊細で真面目な人が多いと知ってほしい」と力を込める。

 自身も引きこもりの経験があり、20年にわたって当事者を支えてきた。話し相手をしたり、通院に付き添ったり。今は女性を含めて15人の家を訪れているが、共通するのは「自分は価値がない」「生きてても仕方ない」といった極度の自己否定感という。

 他人を責めるより自分を責めてしまう姿は、犯罪とは結び付きにくい。「今回の事件で『暴発予備軍』というレッテルが貼られると困る。そうでなくても、働かずに甘えているという世間の視線におびえている。当事者は絶望感を強めてしまう」と危惧する。

 広島市出身の30代男性も、事件後の世論に心を痛めた一人だ。10年間の引きこもり生活を経て東京で働く。「引きこもりの背景や環境は人それぞれ。なのに容疑者と同一視され、社会の怒りの矛先が向かっている」と違和感が拭えない。

 中学2年の頃、体調を崩して学校に行けなくなり、25歳まで引きこもった。何とか大学を卒業し、今は臨床心理士をしている。「凶行はもちろん許されない。でも行為を責めることと、その人の置かれている状況を責めることは全く違います」。偏見が広がると、外に出ようと踏み出した人が過去を知られるのを恐れて、再び心を閉ざしてしまいかねないと心配する。

 20年以上引きこもりの取材を続けるジャーナリストの池上正樹さん(56)は「一番安心できる場所と思って家にいる当事者が、外に向かって犯行に至ることはまずありません」と強調する。引きこもりの人の犯罪率は一般の人に比べて極端に低いと指摘する専門家もいる。

 しかし新潟の少女監禁事件や西鉄バスジャック事件など、犯人が引きこもり傾向と報道されるたび、犯罪と絡めた負のイメージが生み出されてきた。「引きこもっていてもいなくても、極度に追い詰められた人は誰でも罪を犯す可能性がある。人間だからというだけのことです」
(ラン暁雨)

 ■広島県・市設置の支援センター 相談が1カ月で急増

 広島県と広島市が設置する引きこもり相談窓口にも、川崎市の児童ら殺傷事件以降「不安だ」「気持ちがざわつく」といった相談が相次いでいる。広島市西区の「広島ひきこもり相談支援センター」では、新規相談がこの1カ月で急増した。

 容疑者と自身を重ねて「このままではいつか自分も行き詰まる」という当事者や、「子どもの将来が心配」といった家族からの声が目立つ。元農林水産事務次官による長男刺殺事件に「人ごとと思えない」と衝撃を受ける当事者もいる。

 国の定義では、引きこもりは、仕事や学校などの社会参加を避けて家にいる状態が半年以上続くことをいう。15〜64歳の当事者の総数は100万人を超えるとみられる。いじめや失業など原因はさまざまだ。

 センターを運営するNPO法人の斎藤圭子理事長(64)は「今回の事件は偏見を助長する一方、これまで相談に及び腰だった人がSOSを出すきっかけにもなった」と話す。

 日本では家庭問題は自分で解決するべきだという価値観が根強く、引きこもりを周囲に隠すケースが多い。「その分、支援が遅れてしまう。家族で抱え込まずに早めに相談してほしい」と呼び掛ける。

 同センターの受け付けは月曜、水―土曜の午前9時〜午後6時。相談無料。Tel082(942)3161。

 ■川崎市の児童ら殺傷事件と元農水次官による長男刺殺事件

 5月28日に川崎市多摩区で登校中の私立小児童らが刃物で襲われ、2人が死亡し、18人が負傷した。直後に自殺した容疑者の男(51)は、おじ夫婦と同居し、引きこもり傾向にあったとされる。

 その事件から4日後の6月1日、元農林水産事務次官が東京都練馬区の自宅で長男(44)の胸などを包丁で刺した。「川崎の20人殺傷事件を知り、長男が人に危害を加えるかもしれないとも思った」という趣旨の供述をした。長男は引きこもりがちで、家庭内では暴力や暴言があったという。

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  • 「当事者の居場所づくりなどの支援体制の充実が欠かせない」と話す斎藤さん(広島市西区)

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