くらし
【認知症からの贈り物 信友直子】<2>母の異変、気付いた電話
母はユーモア精神にあふれた人で、日々のささいな出来事を面白おかしく語る名人でした。私がそんな母の異変に最初に気付いたのは、忘れもしない2012年4月。呉市の実家に電話し、たわいないおしゃべりを楽しんでいた時のことでした。
「こんな面白いことがあってねえ」と、勢いよく話しだしたのは前の日に聞いた話と全く同じものだったのです。それをあたかも初めてのように語る母。私は何かの冗談かと思って「お母さん、その話、もう昨日聞いたわ」。そうツッコミを入れました。すると受話器の向こうでほんの一瞬、息をのむような気配があったのです。
「ありゃ、ほうじゃったかいねえ」。次の瞬間には、いつもの母らしいとぼけた返しが来たのですが、その一瞬の沈黙は私を恐怖に陥れるに十分でした。
お母さんは、おかしゅうなったんかな…。一度気になり始めたら、もう知らないふりはできません。それからは電話のたびに、母の反応に逐一、疑いの目を向けるようになりました。私がした話を次の電話でちゃんと覚えているだろうか、というふうに。でもそうやって親を疑う自分が悲しく、現実に背を向けたくなって電話をしない日もありました。
母も私に疑われていることを敏感に察したのでしょう。聞かれもしないのに言い訳をすることが増えてきました。「ああ、この間はお母さんもう眠たかったけん、あんたの話、よう聞いとらんかったかもしれんわ。悪かったねえ」
そう、今思えば、母はずいぶん前から自分の異変に気付いていて、それを必死で私に隠そうとしていたのではないでしょうか。そこには「主婦の鑑(かがみ)」であらねば、というプライドもあったでしょうし、娘に心配をかけたくないという親心も大きかったはずです。
母は一体どうなっているんだろう。私は、恐る恐る実家に帰ってみることにしました。(映画監督・映像ディレクター=呉市出身)
【認知症からの贈り物 信友直子】
<1>両親の姿、ありのままに
<2>母の異変、気付いた電話
<3>母をいたわる父の度量
<4>問診テスト、正解した母
<5>祖母に対する後悔の念
<6>書への情熱くじく異変
<7>父の返しに笑顔戻る母
<8>父と娘 不思議な連帯感
<9>父の強さ優しさを知る
<10>思う存分 父に甘える母
<11>背中かいて「お疲れさん」
<12>「ヒキ」の視点で笑い発見
<母文子さん死去に寄せて>老いるとは・死にゆくとは…教えてくれた
<13>思わず笑った衝撃映像
<14>父の率直さ、母を安心に
<15>にじむ親心が切なくて
<16>失態恐れ人目を避ける
<17>心の内さらけ出した母
<18>空気和ませた父の返事
<19>教え請う父に心ほぐす
<20>家計簿に残る母の矜持
介護サービスが始まってから、私も本当に気が楽になりました。東京にいても、父と母のことは介護のプロが定期的に見守ってくれている。この安心感は絶大です。以前は何をしていても両親のことが頭から離れませんで...
デイサービス施設で半日を過ごした母は、ご機嫌で帰宅しました。本人はなぜかお寺へ講話を聞きに行ったと思っているようで「お坊さんがええ話をしてくれちゃった。勉強になったわぁ」と満足げです。そして「楽しか...
母は週1回のデイサービスにも通い始めました。
ヘルパーの道本さんは、初日から一貫して母を立ててくださいました。実際に出身小学校が同じと分かって調子に乗った母は、先輩風を吹かせまくり。自分の洗濯のやり方を押しつけ「違う! もう1回ゆすぐの!」。道...
母の「要介護1」認定を受けて、家事援助のためにヘルパーさんが週1回、家に来てくださることになりました。道本さんというベテランの女性です。