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【認知症からの贈り物 信友直子】母文子さん死去に寄せて 老いるとは・死にゆくとは…教えてくれた

2020/6/23 19:46
白いつぼに入って家に戻ってきた母。「おかえりなさい。お父さんのそばにいられてうれしいね」

白いつぼに入って家に戻ってきた母。「おかえりなさい。お父さんのそばにいられてうれしいね」

 くらし面で「認知症からの贈り物」を連載している映画監督の信友直子さん(58)の母文子さんが14日、亡くなった。信友さんは、病床に就いた晩年の母から多くの愛情と学びを得たという。最愛の母への思いを寄せてもらった。

 ▽恐怖や混乱 受け止めて逝く

 母、信友文子が14日、永眠しました。91歳でした。映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」のお茶目で家族思いの「お母さん」として、多くの方々に愛していただきました。心より感謝申し上げます。

 映画の中では、認知症ながら自宅で父と仲良く暮らしていた母。ですが映画を公開する直前のおととし9月末、脳梗塞を発症し、そこから長きにわたる入院生活でした。「うちへ帰ってお父さんとまた暮らしたい」。その一念で闘病を続けてきたのですが、ついにかなわぬ願いとなりました。

 母は病床でもずっと母でした。まだ話ができる頃には、私が面会に行くと「せっかくあんたが帰って来とるのに、お母さん寝とるばっかりで何もしてあげられんね。ごめんね」と申し訳ながるのです。ろれつが回らなくなってからも、「だぁれだ?」と冗談ぽく声をかけると「な・お・こ!」。一生懸命に口を動かして私の名前を呼んでくれました。

 亡くなったタイミングにも母の愛を感じます。新型コロナウイルスの影響で仕事がなくなり、初めてゆっくり呉にいられる時期でした。5月中は病院も面会禁止でしたが、6月の面会再開を待っていたかのように危篤状態に。そしてなんと、そこから2週間も頑張ったのです。

 おかげで父と私は、母の枕元で今までの感謝を伝え、笑える思い出話をたくさんしてあげることができました。母はユーモア精神にあふれた人で、ささいなことにも笑いの種を見つける名人だったので…。

 もう反応はありませんでした。しかし、聴力は最後まで残ると言います。心の中では「そうなこともあったねえ。懐かしいねえ」と、笑いながら楽しい気持ちで旅立てたのではないでしょうか。

 晩年の母には、大切なことを教えてもらいました。人が老いて死ぬのがいかに困難なことであるか。母の老いは決してきれいごとではありませんでした。自分が自分でなくなる恐怖。たびたび襲う混乱。それが家族への暴言や暴力になった時は、目をそむけたくなる思いもしました。でも最後、何もかも受容した境地で母は逝ったと思います。そのすべてを私はしっかり目に焼き付けました。そして母の生きざまを尊いと思ったのです。

 「介護は、親が命懸けでしてくれる最後の子育て」。ある方からいただいた言葉です。本当に母は、自分の全存在をかけて、生きるとは、老いるとは、死にゆくとは―を私に教えきってくれたのです。

 白いつぼに入って、母はやっと夢見ていたわが家に帰ってきました。よほどうれしいのか、遺影の母は満面の笑みです。私も仏壇の前に座ると涙よりも「おかえりお母さん。良かったねぇ。またお父さんと暮らせて」と思わず顔がほころんできます。

 うちの庭は今、母が丹精込めて育てたアジサイの花が満開です。母の気配をより近く、濃く感じる6月です。

【認知症からの贈り物 信友直子】
<1>両親の姿、ありのままに
<2>母の異変、気付いた電話
<3>母をいたわる父の度量
<4>問診テスト、正解した母
<5>祖母に対する後悔の念
<6>書への情熱くじく異変
<7>父の返しに笑顔戻る母
<8>父と娘 不思議な連帯感
<9>父の強さ優しさを知る
<10>思う存分 父に甘える母
<11>背中かいて「お疲れさん」
<12>「ヒキ」の視点で笑い発見
<母文子さん死去に寄せて>老いるとは・死にゆくとは…教えてくれた
<13>思わず笑った衝撃映像
<14>父の率直さ、母を安心に
<15>にじむ親心が切なくて
<16>失態恐れ人目を避ける
<17>心の内さらけ出した母
<18>空気和ませた父の返事
<19>教え請う父に心ほぐす
<20>家計簿に残る母の矜持

この記事の写真

  • 入院前の頃、カメラに笑顔を向けた母文子
  • 脳梗塞になった後に病院のベッドに横たわる母
  • 信友直子さん

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