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【ALSを生きる】京都・嘱託殺人事件が問い掛けること<中>一人じゃない 心の闇抜けた

2020/9/2
パソコンの画面を見つめる純さん(左)。外の世界とつながる夫の姿に香さんはうれしくなる(撮影・藤井康正)

パソコンの画面を見つめる純さん(左)。外の世界とつながる夫の姿に香さんはうれしくなる(撮影・藤井康正)

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の白川純さん(67)は、広島市役所に在職中の9年前に発症。5年前に人工呼吸器を装着した。佐伯区の自宅で妻の香さん(68)と2人で暮らし、療養を続けている。

 ▽患者・純さん FBで世界広がった。今は人生を楽しみたい

 夜寝るとき、妻はいつも介護ベッドの隣に自分の布団を並べる。夜中に起き出しては、気道にたまったたんを吸引器で取ってくれる。そんなケアへの心苦しさを察してか、妻は朗らかに言う。「前に比べたら、ずいぶん回数が減ったね」。病と闘っているのは自分一人じゃない―。心から、そう思う。

 ALSを発症した50代の終わり。純さんは、とてもそんな気持ちになれなかった。最初はろれつが回らなくなった。やがて、要件も筆談で伝えるように。62キロあった体重は41キロにまで減った。自分の体と仕事に向き合うので精いっぱい。職場に迷惑を掛けていると、一人で落ち込むばかりだった。

 何とか定年まで勤め上げた後、意を決して、息子が暮らす東京の病院を受診した。「やっぱりか…」。告げられたのは、ずっと目を背けてきた病名だった。どんな生活が待っているのか。どれだけ生きられるのか。頭は真っ白になった。

 その時、医師は言ってくれた。「ご心配でしょう。でも私たちがいる。伴走しますから」。多くの患者が選択に悩む胃ろうや人工呼吸器のことも、当たり前の治療手段としてさらりと教えてくれた。ほんの少し、心が軽くなった。

 しかし、ALSは一筋縄ではいかない病気だった。広島に戻ると、体調は急下降していった。鼻と口から空気を送るマスクを着けても息苦しい。幻覚も見た。緊急入院し、悩む間もなく人工呼吸器を着けた。

 すると体がずいぶん楽になった。不思議なものだ。周りが見えてくる。妻のまなざしの温かさも感じられるようになった。伴走者―。あの医師の言葉が少しずつ、意味を持ち始めた。
(ここまで 786文字/記事全文 2039文字)

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