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【この働き方大丈夫?】安倍政権7年8カ月で変化は

2020/9/8 20:41
グラフィック・大友勇人

グラフィック・大友勇人

 第2次安倍晋三政権の7年8カ月で、私たちの働き方はどう変わったのだろう。アベノミクスで経済成長を押し上げようと、働き方改革関連法や1億総活躍プラン、就職氷河期世代の集中支援など、さまざまな政策が打ち出された。受け止めや課題について、読者と識者の声で振り返る。

 ■長時間労働の是正 意識は浸透、苦しい実態

 2015年に広告大手電通の新入社員だった高橋まつりさんが過労自殺。16年の働き方改革実現推進室の開所式で安倍首相は「長時間労働を自慢する社会を変えていく。『モーレツ社員』の考え方が否定される日本にしていきたい」と宣言した。

 「政府の呼び掛けが、仕事がないなら早帰りという習慣が根付く転機になった」と振り返るのは、東広島市の会社員男性(58)。業務とは関係ない雑談や付き合い残業といった生産性が低い日本の働き方に、以前から疑問を抱いていた。「個人の時間を優先する若者のニーズとも合致し、改革の浸透を感じている」と歓迎する。

 18年には残業時間の上限規制を柱にした働き方改革関連法が成立。これまで青天井だった残業に初めて罰則付きの上限が設けられ、原則月45時間、年360時間までとなった。総務省の労働力調査では、週60時間以上働く人の割合は、19年平均で6・5%。前年に比べて0・4ポイント下がり、9年連続で低下した。

 2年前から原則午後8時退社になったという広島市西区の会社員男性(37)は「法制化によって企業が働き方の見直しに本腰を入れた。サービス残業もなくなり、人間らしい生活ができる」と喜ぶ。家族との時間が増えた分、子育てに積極的に参加できるようになったという。

 ただ「恩恵は限定的」との声も多い。月の超過勤務が80時間を超えるという福山市の中学教員(50)は「管理職に残業を減らすよう強く言われ、持ち帰り仕事が増えただけ」と不満そうだ。広島市南区の運送業男性(52)も「中小企業では給料を増やすために残業するしかないのが現実。生活はむしろ苦しくなった」と嘆く。

 年次有給休暇(年休)の年5日の取得義務化や、終業から次の始業までに一定時間を空けることを企業の努力義務とする「勤務間インターバル」も導入された。

 広島市中区の会社員女性(36)は「しっかり休むことで仕事の効率も上がった」。東京のメーカーで働く東区出身の20代男性は「自由時間が増えるとお金も使う。経済政策としては成功」と受け止める。一方で安佐南区の運送業男性(50)は「この1年、会社側から有休取得の打診はない。制度があっても、きちんと運用されているか点検してほしい」と求めた。

 ▽法整備で労使に影響力 県立広島大大学院の木谷宏教授=人事管理論

 仕事の仕方を見直し、残業規制など具体的な手法を示した「働き方改革」を評価したい。日本では働き手保護の議論が不十分だっただけに、法整備された意義は大きい。長時間労働が「美徳」とされた企業の価値観が変わりつつある。

 残業代が減ったとの反発はあるが、長い目で見れば社会にとってプラス。これまでは家族と夕食を食べることや自分のために勉強をすることへの意識が低かった。政府が旗を振り、労使とも「残業を減らす」「有休を取る」ことへのハードルが下がっている。

 一方で労働時間を減らすことだけが目的化している企業も多い。働いた時間ではなく、役割や成果に対して給料を払う仕組みにシフトする時期に来ている。

 ■1億総活躍社会 女性・高齢者、遠い目標値

 働き盛りの人口が減る中、安倍首相は2013年、成長戦略の中核は「女性活躍」と強調。待機児童ゼロを目指し、保育所の定員を大幅に増やすよう旗を振った。16年に女性活躍推進法を施行。女性管理職などの数値目標の設定を企業に義務付けた。

 「とても期待していました。働くには、保育所に子どもを預けられるかどうかが切実な問題ですから」と広島市西区の40代パート女性。「働きやすくなる支援策をさらに打ち出していってほしい」と願う。

 安佐南区の契約社員女性(49)も「少しずつ変わっていく希望を感じた」と受け止める。「チャレンジできる選択肢が増えれば、モチベーションも上がります」

 15年には少子高齢化に歯止めをかけようと「1億総活躍社会」をスローガンに掲げ、新たな「三本の矢」を表明。「強い経済」に加え、「希望出生率1・8」「介護離職ゼロ」の目標を打ち出した。高齢者の雇用を促す政策を進める考えも示した。

 「元気なうちは仕事をしたい。その思いに応えてくれる政策は歓迎です」。そう話すのは、58歳で会社を辞めてタクシー運転手に転職したという広島市西区の男性(62)。「働く機会だけでなく、収入の安定も考えてほしい。年金を含めて老後はゆとりをもって生活したいから」と求める。

 親の介護で離職した福山市の主婦(55)は「政策の方向性はいいが、現場までまだ行き渡っていない」と漏らす。「通院や介護をしながら仕事を続けられる環境をもっと整えてほしい。そうでないと安心して暮らせないし、働く意欲があっても活躍なんてできません」と訴える。

 ▽十分な賃金でやる気を 広島修道大の田中慶子准教授=社会学

 課題だった出産やリタイア後の再就職に向けた労働環境づくりに、取り掛かったのは評価できる。確かに、女性や高齢者の就業率は上がった。

 ただ実態は、企業に都合のいい低賃金の非正規雇用が多くを占める。働き手が足りなくなって困るから「潜在力」の女性や高齢者に頑張ってほしいのなら、安心して仕事を続けられ、スキルやキャリアもアップできる環境を整えないと、やる気を持って働けない。働く機会を増やすだけでなく、十分な賃金で応えていくこともポイントだ。

 女性が働きやすくなるには、男性の育休取得もさらに増やす必要がある。暮らしの安定につながる働き方へ、改革の検証と改善が欠かせない。

 ■非正規雇用対策 格差社会、拡大止まらず

 安倍首相は2018年の施政方針演説で「雇用形態による不合理な待遇差を禁止し、非正規という言葉を一掃する」と強調した。背景にあるのは非正規で働く人の増加。第2次安倍政権が発足した12年から19年の間にも約350万人増え、働き手の4割を占めるようになった。

 「非正規の働き方に問題意識を持ってもらえたのは大きい」と話すのは福山市のアルバイト女性(28)。しかし6月に新型コロナウイルスの感染拡大でアパレル販売員の仕事を雇い止めになり「格差社会に拍車が掛かっている。結局は雇用の調整弁でしかない」と痛感した。

 今年4月からは大企業と派遣会社を対象に「同一労働同一賃金」を導入した。昨年の厚生労働省調査では、非正規の平均月給は21万1300円。正社員より10万円以上低く、賃金格差が目立つ。

 大手メーカーの工場で働く福山市の40代契約社員男性は「退職金制度ができ、夜勤・残業手当の水準が上がった」と歓迎する。でも正社員の3分の2程度の基本給とボーナスはこれまで通り。「同じ仕事なのに待遇差は完全にはなくなっていない」と残念がる。

 バブル崩壊後に就職難だった「就職氷河期世代」への支援策も19年に打ち出した。非正規や引きこもりの状態にある100万人を後押し、3年間で正規雇用を30万人増やす計画だ。

 「支援にすごく期待している」というのは氷河期世代の子どもがいる廿日市市の女性(67)。「卒業時の景気に左右されるのは理不尽。仕事が不安定で結婚できず、購買力もないことが少子化やデフレの一因になっている」と指摘する。広島市の派遣社員男性(45)は「『失われた世代』の僕らに光が当たったのはうれしかった」と話す一方で「40代の自分に恩恵があるかどうか疑問」と幅広いサポートを望む。

 ▽不安定さの解消に課題 広島弁護士会労働法制委員会の平田かおり委員長

 「同一労働同一賃金」などの制度化は、働き手の格差是正や底上げを図るために必要。長年議論はされてきたが前進がなかったことを考えると大きな一歩だ。

 ただ実効性には疑問が残る。個々のケースで正規と非正規の人の働き方を同じとみていいか、判断しづらいのが実情だ。「氷河期世代」支援も、企業が採用したくなる人材を育てるための仕組み作りが要る。

 第2次安倍政権では、有効求人倍率や完全失業率など統計上の数値は改善したが、増えたのは立場の弱い非正規労働者。「雇用の質」の改善は不十分で、賃上げの実感も広がりを欠く。コロナ禍で職を失う人も出ており、非正規雇用の不安定さをどう解消するのか、引き続き課題だ。(ラン暁雨、林淳一郎) 

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