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食卓と産地近づけたい 【3・11 10年 持続可能な暮らしのヒント 広島の移住者から】<上>

2021/3/7 18:43
黒渕地区の特産品アスパラガスの畑で雑草を抜く日南田さん

黒渕地区の特産品アスパラガスの畑で雑草を抜く日南田さん

 東日本大震災をきっかけに、広島に移住した人たちがいる。「古里を自分の手で守りたい」との思いを深め、地域の農の支え手になった女性。小さな循環型の生活を目指す家族。この10年で探してきたのは、持続可能な暮らし方だ。少しずつでも近づくにはどうすればいいのか、ヒントをもらった。

 ◇日南田(ひなだ)貴美さん(60)=広島県世羅町

 東日本大震災で帰宅難民を経験し、都会のもろさに気付いた。被災地の復興に一生懸命になっている人を見て「自分で古里を守ろう」と決めた。

 世羅町若手農業者ネットワークや農業女子の会「せらまちこまちプロジェクト」にも所属し、世代間交流にも力を注ぐ。3年前に父を亡くし、83歳の母時枝さんと暮らす。稲作やこんにゃく作りを体験する農家民泊「ときばぁばのほっこり自然宿」も運営。県外の娘夫婦と5歳の孫が訪ねてくるのを楽しみにしている。

 ■ふぞろいな野菜も売って食品ロス削減

 農事組合法人くろぶちでは、規格がそろわず今まで売れなかった野菜を、地域の病院や学校の給食向けに割安で提供している。「だって、もったいないでしょう」と日南田さんは言う。

 地元にUターンし、生産者になって10年。年々強まるのは、作る過程や苦労が消費者には見えず、価格に反映されないもどかしさだ。標高400メートル前後の黒渕の冬は長く、5月まで霜が降りる。甘い野菜や米が取れる一方、春先に植えるアスパラガスなどは霜で枯れることもある。育てた野菜が一晩で駄目になる情けなさを何度も味わった。

 だから、形がふぞろいでも傷があっても、食べてもらいたいと願う。それは、東日本大震災のときスーパーから食材がなくなる怖さを体験したからでもある。

 見た目で価値が極端に下がるのは、買い手に「きれいじゃないと」との思い込みがあるから。「食べたら同じようにおいしい。手に取ってみてほしいんです」

 ■わきまえない女になって地域の野菜をPR

 作り手の思いや野菜の魅力を発信するため、日南田さんは前に出ることをためらわない。テレビ出演に農と食のイベントの司会…。頼まれたら何でも引き受ける地域の「広告塔」だ。

 帰郷して5年目ぐらいまでは発言すると「生意気言うな」と批判された。日南田さん以外の役員は全員男性。農の世界は想像以上の「男社会」だった。「意見をずばずば言った私もいけんかった」。まず相手の話を聞き、引けるところは引きながら、譲れないところはゆっくり穏やかに頼む。成果主義の企業とは違う「地域」との付き合い方を年月をかけて学んだ。

 頼れる相談役、総務部長の小田孝さん(65)は「飲食店に市場を広げたり試食販売の先頭に立ったり。わしらがようせんことをやる」と感心する。今は食育の場で役立てるため、野菜のスペシャリストの民間資格の取得も目指す。「マイルドにわきまえない女」になって、食卓と産地の距離を近づける。

 ■子どもに土に触れ農を近く感じてもらう

 もう一つ力を注ぐのが子どもの農業体験会だ。黒渕では春から秋にかけて親子連れや小学生を招き、田植えやサツマイモ栽培、稲の収穫に取り組む。

 学校の教科書でも植物の成り立ちを学ぶが「でも、それじゃあ自分が食べる野菜がどうやってできるんかピンとこんのよ」と日南田さん。畑に入った子どもたちは歓声を上げ、農作業に夢中になる。幼い頃に「楽しい」と感じることで、農業に興味を持つ人が増えればと期待する。

 ■頼り頼られる私になり地域づくりの輪広げる

 日南田さんが軽トラックで動くと、いろんな場所で「プップー」とクラクションが鳴る。「きみちゃん」「きみさん」「きみしゃん」。幅広い世代から声が掛かる。地域に受け入れてもらえた気がして、うれしくなる瞬間だ。

 自分からも、いろんな人に声を掛けるようにしている。高齢の人にも「頼りにしとるよ」と掃除や農作業の手伝いを頼む。若い移住者に会いに行き、世間話をする。7年前、愛知県から世羅町に来た農業東祐樹さん(41)と多美子さん(40)夫妻も、日南田さんを「親戚のおばちゃんみたいな存在」と慕う。日南田さんは「頼っとるんは私。キャベツ作りも教えてもらった」と笑う。

 地域が直面する過疎も耕作放棄地の拡大も、自分一人では止められない。チームで地域を守るための種をまく。

 ■自分が古里になる

 農家の若手と「10年後ここはどうなっとるかね」と話すことがある。「うちの子は帰ってこん」と話す人もいるし、高齢で農業ができなくなった住民も増えた。自分にできることは何かと考えるうち、帰省した同級生にヒントをもらった。

 「きみちゃんがおるなら、また帰ってこよう」と言われ「私はいつでもここにおるけんね」と答えた。自分が地域に根を張れば、会いに来てくれる人がいると気付いた。

 地域とつながる「関係人口」を増やしたいと願う。イベントや休日に訪れる人、黒渕の米や野菜を楽しみに待つ遠方の顧客。「黒渕の人や食べ物のファンを増やせば、地域は生き残れると思うんです」(標葉知美、写真も)

 <プロフィル>2011年10月に東京の外資系生命保険会社を辞め、両親が暮らす広島県世羅町黒渕へUターン。66戸の農家でつくる農事組合法人くろぶちの理事を務め、稲や野菜の栽培に携わり、販売や食育の促進を担う。農を通じて古里を支えようと「食と農のつなぎ役」を目指している。

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この記事の写真

  • 「プップー」。通りかかる軽トラックに乗った地域の人が、日南田さんに手を振る
  • 野菜の集荷場を掃除する日南田さん(右)と農事組合法人くろぶちのメンバー
  • 日南田さん(中)と7年前に移住した東夫妻。ハウスの中で世間話

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