くらし

脱テレビ、つい再生ボタン 【動画配信の「沼」】<上>

2021/5/18 19:45
グラフィック・末永朋子

グラフィック・末永朋子

 コロナ禍で、ぐんと加速したオンライン化。家での過ごし方や働き方、学び方など、私たちの暮らしを大きく変えそうだ。サービスが多様化する一方で、新たなリスクも生まれている。「オンライン的生活」と、どう付き合っていけばいいのか。初回は、動画配信の「沼」にハマる人たちに会いに行った。(ラン暁雨)

 ▽失恋後に韓ドラ、ときめき発電中

 ■広島市の会社員女性(29)

 <昨年、同い年の彼氏に無料通信アプリLINE(ライン)で振られて動画配信サービスに加入。テレビを見なくなった。>

 失恋後のむなしさを埋めてくれたのは、オンラインで配信される韓国ドラマだった。職場の先輩から薦められたのは、ネットフリックスの「愛の不時着」。どっぷりハマった。画面の向こうの恋愛は、淡泊な自分の経験とはまるで違って濃厚。「私、こんな恋愛を求めてた」と気付いた。

 北朝鮮の軍人と韓国の財閥令嬢が恋に落ちる物語。軍事境界線を越えるほど強い愛で結ばれる2人に「感情移入しまくった」という。「障害を乗り越えて幸せになって」と何度も号泣し、祈りをささげる聖母のような気持ちになった。

 しかも男性の描き方が「共働き時代の理想」だった。料理も家事も得意。麺を手打ちし、コーヒーを豆からいって、おかずの作り置きまでしてくれる。裏切りや復讐(ふくしゅう)、政治問題もてんこ盛り。密度が濃すぎて毎回喉がカラカラになる。1話1時間半で全16話もあるのに、気付けば10回近くリピートしている。

 スマートフォンさえあれば、いつでもどこでも見られるからかもしれない。通勤中もお風呂の中でも、寝る直前も、再生ボタンを押して「うっとり」。テレビはすっかり見なくなった。だって、選べるコンテンツの量がまるで違う。最新の日本のドラマより、好きな韓国俳優の昔のドラマにそそられる。

 こんなにハマるのは、心の渇きがあるからなのか。元彼は何を考えているか分からない人だった。合コンで知り合った会社員。連絡は気まぐれで、デート中もスマホを触る。本当に好きか分からないまま、表面的な付き合いを続けた。同級生が結婚する焦りや親からのプレッシャーもあって別れる決断もできなかった。

 関係はあっさり壊れた。ある日、電話で口論になり、連絡しないまま1週間たった。寝ようとしたらスマホの画面に「別れよう」の文字。LINEもすぐブロックされた。「インスタント別れ」というらしい。

 恋人がいない今、「ソロ活」に欠かせないのが、動画配信サービスだ。仕事後、ビール片手に画面に向かうのが至福の時。最近はタイの「BL(ボーイズラブ)ドラマ」にほれぼれと見入る。男の子同士の純愛に、こんなに胸キュンするなんて。

 ときめきを「自家発電」し、心なしか肌の調子もいい。コロナ禍が過ぎたらロケ地巡りに行くのが、当面の生きる目標だ。

 ▽パラレル世界、空虚な日常変えた

 ■広島県のパート女性(55)

 <夫婦関係と更年期障害に悩んでいた時、韓国ドラマに癒やされる。>

 「ねえ、何が良かった?」。パート仲間で最近、話題になるのは、動画配信される韓国ドラマのこと。互いに魅力をプレゼンし、「口コミ」を基に次に見るべき作品を吟味する。若い頃は月曜午後9時の枠「月9」に代表されるテレビのトレンディードラマで盛り上がったのに、時代も変わったなと思う。

 睡眠時間を削るほどのめり込んでしまうのは、満ち足りない日常のせいかもしれない。結婚25年を過ぎた夫と距離ができたのはいつからだろう。食事に「おいしい」の一言もなく、会話も続かない。休日は別行動。家族はいるのに孤独を感じてしまう。

 韓国ドラマで特に好きなのは「愛の不時着」の脚本家が手掛けた「星から来たあなた」。人気女優と宇宙人が恋する物語で、設定はぶっ飛んでいるのに心理描写はリアル。互いの寂しさを癒やしながら心を通わせる姿が、独りぼっちを感じる瞬間の自分と重なる。人と触れ合うことが減ったコロナ禍だから余計に響く。

 男性も魅力的だ。話を聞いてくれ、尊重してくれる。女にとってはどうでもいい「男のプライド」みたいなものがない。女性を守る場面でも、「弱い女を守ってやる」的なマッチョさで相手を支配下に置くのではなく、陰で支えるけなげな強さに拍手したくなる。

 やたらと「沽券(こけん)」を気にする夫とは全く違う。「仕事が忙しい」と子育てや家事に関心を示さなかった。休日は接待ゴルフ。子どもの学校や塾の相談をしても気のない返事で、地蔵に向かってしゃべっているようだった。

 でも今は、ドラマの好きなシーンを思い出すだけで、ふと幸せを感じる。食器を洗う時、掃除機をかける時、パラレル世界にトリップする。そこで生きているような錯覚にさえ陥る。

 ドラマ鑑賞を勧めてくれたパート仲間が言った通り、なぜか更年期障害も軽くなった気がする。3年ほど前からイライラして体がだるかったのに。「幸せホルモン」が出てるんだろうか。

 最近の楽しみは、インスタグラムで出演俳優たちの情報をチェックすること。ドラマを見ながらファンがツイッターで感想を投稿する「つぶやき鑑賞会」にも参加した。「こんな楽しみがあるなんて。人生を生き直している気分です」

 ▽動画配信サービス、なぜ浸透 筑波大の辻泰明教授に聞く

 視聴者はなぜ、動画配信サービスに夢中になるのだろう。ネットフリックスやアマゾンプライムビデオなどが台頭する背景を、筑波大の辻泰明教授(映像メディア論)に聞いた。

 ▽「一気見」止まらぬループ

 数年前から動画配信の波は来ていましたが、利用者が一気に増えたのは、やはりコロナ禍の影響が大きい。作品を「一気見」するという新たな視聴形態が、巣ごもり生活にフィットしたのでしょう。

 この一気見こそが「沼」への一歩。テレビのように放送時間の縛りがなく、スマートフォンやタブレット端末を使って、好きなものを好きなタイミングで、好きなだけ視聴できますよね。一話が終わると次のエピソードが自動再生され、CMもない。作品世界により深く没頭できるのです。

 ネットの双方向性を生かして視聴者のニーズを的確に捉えるのが配信の強み。その代表が、視聴や検索の履歴からAIが好みの作品を薦めてくれる「レコメンド機能」です。これによって、ハマった作品が完結した後も「ロス」を埋めようと次々に作品を見続ける「沼落ち」のループが起きる。

 配信サービスの台頭は、視聴者の価値観とライフスタイルが変化したことも一因です。大量生産・大量消費が前提の均一的な社会から、個性と多様性を重んじる社会になり、好みが細分化している。

 映画やテレビはみんなが同じものを、同じ時に、同じ場所で見るメディアでした。上映時間に合わせて映画館に行き、決まった時間に家族がテレビ前に集う。「8時だヨ!全員集合」という番組タイトルは、テレビの本質をよく表しています。対して動画配信は、時間の制約から解放された自由度の高い視聴スタイル。放送を1回見逃すと内容が分からなくなるテレビドラマと違って「あの作品が面白いらしい」と聞けば、いつでも途中参加できます。

 送り手と受け手の力関係も変化している。ネット上では受け手側も情報を発信できるため、これまで「何を供給するか」をある程度決めてきたメディアの優位性が薄らいでいます。視聴者の存在が大きくなり、ニーズを強く意識した作品作りを求められるようになりました。

 成功例がネットフリックスです。膨大な顧客データから視聴パターンを分析し、「愛の不時着」などのヒット作を次々生み出しています。波瀾(はらん)万丈な展開で社会の矛盾を描くという韓国ドラマが得意とする手法で心をつかむ。浪花節や時代劇のような雰囲気もあり、日本人の感性に響きやすいのでしょう。

 一方で、視聴を自制できずに日常生活に支障を来す人もいて、アメリカでは既に社会問題化している。自分なりの視聴ルールを設けるなど、動画との上手な付き合い方を模索していくべきでしょう。

 功罪が議論されてはいますが、かつて映画からテレビに映像メディアが移行したように、今はテレビからネット動画へのパラダイムシフトが起きている転換点です。米国の巨大IT企業4社「GAFA」にネットフリックスのNを加えて「FAANG」と呼ぶ動きもある。五つのプラットフォームはいずれも動画を成長の主力と位置付けています。通信技術の革新とともに配信サービスの躍進は続くでしょう。

 つじ・やすあき 東京大文学部卒。NHKに入局し、ドラマ部や教養番組部を経てオンデマンド業務室でインターネット配信を担当。退職後、15年から現職。著書に「映像メディア論―映画からテレビへ、そして、インターネットへ」など。

 ▽利用者予測「2000万人超え」

 動画配信サービスの浸透は、コロナ禍の「巣ごもり」需要が追い風になった。米映画協会によると、世界の2020年の動画配信サービスの加入者数は前年比26%増の11億人。先行する米ネットフリックスは昨年末時点の加入者が2億人を突破し、エンターテインメント業界を下支えしている。

 国内でも存在感が高まっている。ICT総研(東京)の調査では、利用者の推計は16年の890万人から18年は1480万人に増加。21年は2千万人を超えると予測している。巣ごもり生活で「利用する機会が増えたオンラインサービスの種類」を聞いた調査には約4千人が回答し、動画配信サービスがトップで、ネット通販などのEC(電子商取引)サイトが続いた。

 ネットフリックスに対抗する国内勢では、U―NEXTが国内外の映画やドラマの調達に力を入れ、視聴できる作品数が20万本以上と群を抜く。12万本が月額550円で見放題のdTVも好調だ。FOD、Paravi、TELASAはテレビキー局のドラマや派生作品が充実している。各社が家庭の「画面」と視聴者の限られた時間を奪い合い、競争が一段と激しくなっている。

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  • 筑波大の辻泰明教授

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