生きて

<1> 世界一のタワー 郷里の立ち木イメージ

彫刻家 澄川喜一さん(1931年〜)2009/11/10 0:00
東京スカイツリー建設現場で(9月1日) ※澄川喜一

東京スカイツリー建設現場で(9月1日) ※澄川喜一

 木や石から、均整のとれた造形を生み出す彫刻家、澄川喜一さん(78)。島根県六日市町(現吉賀町)に生まれ、岩国で学び、東京芸術大へ。同大学長も務めた。連作「そりのあるかたち」などで追求してきた日本的な美。2011年完成予定の新しい東京タワーにも生きる。

    ◇

 随分できたね、迫力あるよなあ。巨大なアンテナだけど、ただ棒を立てたんじゃつまんない。エッフェル塔や東京タワーのまねじゃ芸がない。日本の知恵と技術を含めなきゃ、意味ないよな。しゅーっと伸びる、美しいモニュメントになりますよ。

 「東京スカイツリー」は東京都墨田区で建設が進む。自立式電波塔で世界一の634メートルになる。そのデザイン監修を手掛けた

 そりのあるフォルム。三角形の土台が上へ伸びるに従い、むくりという膨らみを帯び、断面は円になっていくの。不思議な曲線を見せますよ。

 六日市の家に古い日本刀があったけど、刀ってムダなものがないよね。刀を横から見て、刃先の膨らみがむくり、反対側がそり。シンプル・イズ・ビューティフル。ごちゃごちゃ装飾をくっつけず、表現したかったんだよ。刀のような、凛(りん)としたものをね。

 面白いデザインでも構造的に無理じゃだめ。設計側と、技術的に可能な範囲できれいな形を目指した。美しさ、強さで総合的に成功しているのは、法隆寺の五重塔。7世紀末ごろの木造だよ、すごいよね。地震や強風による揺れを、心柱が低減する構造を、タワーに応用したの。日本の知恵、技術、美の結晶なんだよ。

 スカイツリーって名前の通り、木のイメージなんだよね。村の一本杉とか、立派な木があるじゃん。でも僕の心の中では、これはコウヤマキなの。六日市に原生林が残ってる樹木。しゅーっとね、そりゃあ、きれいな立ち姿なんだよ。

 五重塔など木造建築への関心は、岩国市の錦帯橋との出合いに始まる。さらに、緑豊かな中国山地の郷里へさかのぼる

 錦帯橋に感動して、彫刻家を志し、そり・むくりとか、日本的美を追ってきた仕事がね、新タワーの依頼につながった。六日市や岩国には恩人がいっぱいなんです。


【生きて 彫刻家 澄川喜一さん】
<1>世界一のタワー 郷里の立ち木イメージ
<2>神楽 にぎわう集落 今も胸に
<3>ほめられた絵 戦争や兵隊描き1等に
<4>受験 「画家に」と答えて失敗
<5>学徒動員 過酷さに漠然と死覚悟
<6>終戦 錦帯橋に心引かれ写生
<7>アルバイト 映画の看板描きで多忙
<8>錦帯橋流失 ものづくりへ決意抱く
<9>芸大入学 師・平櫛田中の教え深く
<10>学生時代 彫刻の基礎みっちりと
<11>独立 思いがけぬ評価 励みに
<12>木彫 素材の声を聴いて造形
<13>石彫 集中力と技 職人に学ぶ
<14>芸大学長 大学美術館 開館を実現
<15>お礼奉公 制作・講演 郷里に恩返し

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