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坂の自宅全壊・水尻さん、教訓強く意識せず悔い

2019/7/7 11:10
自宅の跡地でこの1年を振り返る水尻さん。「ずっと伝えていかないと」と左手を握りしめた(撮影・山本誉)

自宅の跡地でこの1年を振り返る水尻さん。「ずっと伝えていかないと」と左手を握りしめた(撮影・山本誉)

 西日本豪雨で全壊した広島県坂町小屋浦地区の自宅跡を、自営業水尻忠道さん(57)=広島市安芸区=が訪ねた。「あの日のこと、忘れずに伝えていくから」。一緒に暮らしていて犠牲になった母キク子さん=当時(85)=と叔母の岡田須磨子さん=当時(82)=に、教訓の継承を誓った。

 小屋浦が豪雨に見舞われた昨年7月6日夜、水尻さんは私用で隣接する広島市にいた。「雷がすごい」「家に水が入ってきた」。携帯電話で不安を訴えるキク子さんと岡田さんの声を聞き、帰宅を急いだが、道路網が寸断され、たどり着けない。7日未明には電話がつながらなくなった。

 消防隊が自宅に入った9日、2人の遺体が見つかった。屋内には土砂が流入し、高さ1メートルまで浸水した状態だった。

 2人のほかに家族はいない。「自分がいたら助けられた」。後悔の思いがくすぶる中、被災した親族や知人方の土砂撤去などに没頭した。疲れ果て、何も考えずに眠りたかった。広島市に住まいを移した8月以降も小屋浦に通い、被災者向けのイベントの運営も手伝った。自宅跡の周辺では土砂撤去や被災家屋の解体が進み、災害の爪痕が見えにくくなったとも感じた。

 小屋浦では、112年前の1907(明治40)年にも大雨で44人が亡くなり、石碑も立っている。水尻さんはキク子さんから水害の話を聞かされて育ったが、災害のリスクや恐ろしさを強く意識できてはいなかった。今回の豪雨では災害関連死を含めて16人の命が失われ、1人が行方不明のままだ。

 災害の教訓を後世に伝えようと、小屋浦地区住民福祉協議会が今年1月、被災状況をまとめた記録誌を作った。その思いに共感した水尻さんは3冊を購入し、小屋浦小に贈った。

 同小は今月5日、記録誌を参考に、豪雨について学ぶ集会を開き、水尻さんもその様子を見守った。「災害を多くの人に知らせたい」。児童代表の言葉は、水尻さんの思いと重なった。「2人も『そうしなさい』と言うじゃろう」。雨の怖さ、家族を失った無念。どうすればより伝わるか、考え続けている。(桑田勇樹)

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