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安芸区で長男失った植木さん、同級生と再会 思い出胸に一歩

2019/7/7 11:20
将太朗さんの写真を手に思い出を語り合う高橋さん(左)、母の富士子さん(中)、今田さん(撮影・藤井康正)

将太朗さんの写真を手に思い出を語り合う高橋さん(左)、母の富士子さん(中)、今田さん(撮影・藤井康正)

 広島市安芸区矢野東の団地「梅河ハイツ」。西日本豪雨から1年、自宅が土石流に襲われて亡くなった高校3年植木将太朗さん=当時(18)=の母富士子さん(46)と同級生2人が自宅跡で再会した。強い日差しが、一緒に将太朗さんを捜した1年前の夏を思い出させる。「もっと一緒に過ごしたかった」。3人は将太朗さんの遺影に見入った。

 遺影が置かれた自宅跡の車庫は、手向けられた色とりどりの花でいっぱいだった。「そうそう、いつもこんな顔してた」「真面目な写真がないよね」。同級生の会社員今田愛也(まなや)さん(18)と大学1年高橋慶祐さん(18)=いずれも同区矢野東=が苦笑した。いたずらをしたこと、冗談を言っていつも周囲を笑わせていたこと…。思い出は尽きない。富士子さんも笑顔でうなずいた。

 あの日、帰宅途中の富士子さんは、自宅にいた将太朗さんに避難を呼び掛けるため電話した。「やばい」と叫んだのが将太朗さんの最後の言葉だった。

 一帯の被害は大きく、捜索活動は難航した。自ら捜し始めた富士子さんに協力するため、今田さんたちが会員制交流サイト(SNS)で呼び掛けた。200人以上が集まった。

 豪雨から10日後、将太朗さんは見つかった。富士子さんは「息子を思い出さない日はない。悲しみは変わらない」と言う。

 それでも時は進んでいく。将太朗さんの同級生は社会人や大学生になった。富士子さんも地区の自主防災活動に参加し、遺族の交流に力を入れる。「息子を失い、じっとしてはいられない。二度と犠牲者を出したくない」。「早めの避難」を地域の住民に訴える。

 今田さんは遺影に語り掛けた。「しょうた(将太朗さん)のために生きていく、なんて言ったら嫌がると思う。自分の力でしっかり頑張っていく」。高橋さんもつぶやいた。「災害が人ごとじゃないと身近な人に伝えていく」(原未緒)


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