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ときわ公園のカッタ君 ぶっ飛び映画も語り草(2019年04月13日掲載)

2020/1/11 18:40
明光幼稚園の園児と歌うカッタ君(1991年)

明光幼稚園の園児と歌うカッタ君(1991年)

 「カッタ君が来た」。幼稚園に降り立ったモモイロペリカンを園児が取り囲む。羽に触ったり、先生の伴奏で鳴き声に合わせ一緒に歌ったり。宇部市のときわ公園の人懐こいペリカンのカッタ君。園児と遊ぶ姿が一躍有名になった。

 カッタ君は1985年、日本で初めて人工ふ化で誕生した。89年から近くの明光幼稚園に定期的に「通園」。愛称は生息地のインド・コルカタに由来する。園児だった会社員紀藤真里奈さん(27)=同市=は「くちばしを使ってキャッチボールして遊んだ。友達だった」と懐かしむ。

 95年には宇部市がアニメ映画「カッタ君物語」を約1億円かけ製作。全額を寄付で賄った。当時、中国新聞宇部支局長だった藤原靖成記者(50)は「すごい人気だった」と振り返る。

 ちなみにこの映画、ほのぼのとした展開から一転、園児の両親を探すためカッタ君が中東の戦場へ飛来。巨大化して口からビームを吐き、戦車をなぎ倒すぶっ飛んだ内容で一部ファンの間で語り草となっている。

 2008年7月に天国へ飛び立ったが、地元での人気は根強く、没後10年の昨年はときわ公園で歩みを紹介する特別展や映画の上映会を開催。フレーム切手も発売された。「人間と鳥、二つの世界を生きたような不思議なペリカン」。飼育係だった白須道徳さん(72)は振り返る。カッタ君は今も多くの人の心の中で羽ばたいている。


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  • 映画「カッタ君物語」の一場面
  • 巨大化してビームを吐く場面も

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