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広島城にぎわい拠点に 20年度試掘に着手方針 飲食・物販施設など整備【地図も】(2020年01月25日掲載)

2020/1/27 14:00

 広島市は、広島城(中区)を囲む「三の丸」がかつてあり、現在は観光バス用の駐車場として使う場所に飲食・物販施設などを整備するため、2020年度に試掘、発掘調査に着手する方針を固めた。国内外からの観光客でにぎわう拠点にしようと、関連経費を20年度の当初予算案に盛り込む方針でいる。24年度をめどに施設の開業を目指す。

 市は、三の丸のあった場所に飲食・物販施設のほか、観光案内所や広島城の収蔵品の一部の展示場、イベント広場、バスの乗降場を整備する構想を描く。調査と並行して、具体的な整備計画の策定を進める。

 天守閣や二の丸のある広島城跡は国史跡で、駐車場は市が管理する国有地。地下に文化財が埋まっている可能性がある土地として市が指定しており、文化財保護法に基づき、開発の際には調査する必要がある。発掘調査で遺構を保存する必要性が出た場合は、導入する機能や施設を柔軟に見直すという。

 三の丸は江戸時代、旧広島藩主浅野家の屋敷などがあり、近親者たちが暮らしていたとみられている。明治以降は旧陸軍の施設が建てられ、戦後は観光バス駐車場や噴水広場などに改変されていた。

 市は広島城全体の見直しを議論する有識者会議を27日に開き、基本構想の素案を示す。素案では広島城を「広島観光のネットワーク拠点」などと位置付ける。観光客に広島城で原爆により壊滅する前の広島の歴史や文化を理解してもらった上で、平和記念公園(中区)やサッカースタジアムができる中央公園自由・芝生広場(同)への回遊を促す想定でいる。

 広島城を巡っては、昨年度の入館者数が約30万人で、約152万人訪れた原爆資料館(同)に比べ、観光客を誘導できていないことが課題となっていた。市は昨年10月に建築や観光の専門家たちを集めた有識者会議を設け、再建から62年を迎える天守閣の老朽化対策を含めた魅力の向上策などを議論している。(永山啓一)

 <クリック>広島城 1589年、毛利輝元が中国地方一帯を治める拠点として築城を始めた。天守閣は1931年に国宝に指定されたが、45年8月6日の米国による原爆投下によって倒壊。58年に鉄筋5階建てで復元された。94年に「二の丸」の表御門や櫓(やぐら)の復元工事を終えた。天守閣は現在、城下町の模型、武家屋敷や商家を再現した部屋のほか、刀ややりなどを展示している。


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  • 広島市が飲食・物販施設などの導入を検討し、現在はバス駐車場となっている広島城の三の丸(手前)

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