河井克行元法相発言録〜青年期から<上>

2020/6/18


 「日本人は政治家の腐敗を目にしてもあきらめてしまう」。青年期から政治に対する思いを語っていた河井克行元法相。28歳で広島県議となり、政界に入った後も「改革」の必要性を訴え続けた。公選法違反(買収)の疑いで逮捕されるまでの歩みを発言で振り返る。

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▽1986年7月、23歳

「与えられただけのコースを歩むのは抵抗感があった。若者にはもっとチャレンジ精神があってもいい。広島に帰って地域のために役立ちたい。
 (信条は)常に明るくひたむきであれ。相手にも自分にもうそをつくなかれ

 中国新聞紙面から。慶応大卒業後、松下政経塾に入塾した経緯や抱負を語った。愛読書は「三国志」。




▽1989年4月、26歳
日本人は政治家の腐敗を目にしてもあきらめを抱いてしまう。政治を動かすのは、私たち一人ひとりである

 中国新聞紙面から。松下政経塾に在籍中、米国での政治・行政研修経験を踏まえ。


▽1991年4月、28歳

「なにがなんでもという気持ちはなかったが、勧められるうち、政治家になって自分の考えを具体化できれば面白いかな、と考えるようになった」

 初挑戦した広島県議選で、立候補した動機について。
 選挙ではジョギング姿で若さをアピール。初当選を果たした。




▽1993年6月、30歳
「橋本龍太郎先生を通じて誘いがあった。結党以来の危機に直面している党中央から強い要請があったので決意した。
 党政治改革推進議員連盟の考え方に共感する」

 翌月公示の衆院選に当時の広島1区(定数4)からの立候補について説明。
 若さを前面に支持を訴えたが、党県連の頭越しに公認を取り付けた経緯から地元県議や市議の反発に合う。立候補した8人中6番目の得票数で落選した。


▽1996年10月、33歳
「自民党による元気な日本づくり、そのお手伝いをしたい。第一に経済の立て直し、続いて行政改革。この先、30年間は全力で恩返ししたい」

 衆院広島3区(定数1)から立候補した際の第一声。


▽1996年10月、33歳
「何だか夢を見ているようだ。河井にというより、自民党にしっかりしろという支持をいただいたと思う。若さで、元気な日本をつくりたい

 衆院広島3区(定数1)で初当選が決まった瞬間の言葉。


▽1996年11月、33歳
「新聞やテレビで見ていた政治家たちを間近で見て戸惑った。若さをバネに、日本の将来に向けた大改革の先頭に立つのが目標。親しみやすく、さわやかで緊張感のある政治家になりたい

 召集された特別国会で登院した感想(写真右端)。




▽1999年11月、36歳
「選挙はもちろん、早くお嫁さんをもらえるよう、一生懸命に頑張ります

 東京都内での政治資金パーティーでのあいさつで結婚宣言。
 首相も務めた故橋本龍太郎氏ら来賓からの注文を踏まえ。
 その後、2001年に案里議員と結婚する。


▽2000年6月、37歳

良識を持ち清潔に戦いたい。どうでしょうか」
   
 広島3区から再選を目指し立候補した衆院選での第一声。自民党の支持基盤を二分した選挙では地元県議や市議の一部が推す無所属新人に敗れた。




▽2003年11月、40歳

「落選した後も、一生懸命に応援して下さった皆さんのおかげです

 衆院選で自民党の比例候補として当選、返り咲きを決めて。党の選挙公認調整が難航した末、選挙ごとに選挙区と比例が入れ替わるコスタリカ方式で比例に回った。

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