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【ウエーブ】アユ漁師・天野勝則さん(81)=江津市

2020/7/10
「アユは学習する生き物。生態をよく知ることが漁の第一歩」と語る天野さん(撮影・山本誉)

「アユは学習する生き物。生態をよく知ることが漁の第一歩」と語る天野さん(撮影・山本誉)

 ▽江の川の恵みに感謝込め

 80歳を超えた今も一人で小舟に乗り込み、カヤックをこぐように操る。岸から半円形に網を落としていき、岸に近い方の水面をたたいてアユを網に追いやる。暗闇と静寂に包まれる真夜中に取るのは「アユの胃の中が空で、臭みがなくおいしいから」と明かす。漁の解禁から1カ月以上たった梅雨明けに始動し、一晩で3、4回ほど網を張る。アユは知人に送ったり、自宅で食べたりする。

 江津市などを流れる江の川で「最後の川漁師」と呼ばれる。この道と定めて45年余、舟がひしめき合った時代も知る。上流にダムが造られて川の水量が減り、資源を残す発想がないまま人は取り続け、アユは減った。都市部に人口が流れるとともに一人また一人と姿を消した。「誰かが継いでくれればとも思うが、漁だけで暮らすのはもう難しいだろう」。

 小学校に入った1945年5月、父を落石事故で亡くした。戦時中、燃料にしていた松の木の根を自宅近くの山で掘った帰りだったという。きょうだい3人を育てる母の後ろ姿に、幼いながら「どうにかしてお金を稼ごう」と誓う。中学に入ると川でウナギやアユを追い掛け始め、江津や浜田に魚を届ける商人に売って収入を得るようになった。

 やがて来た高度経済成長期に、都会へ出る同級生を見て揺れる。19歳で「自分も社会勉強をしよう」と1度川を離れた。仕事は数年おきに転々とし、職場で「この年齢になれば自分はこの立場にいるだろうな」と見えたら辞めた。「変化がないと何のために生きているのか分からなくなる」。そうして35歳の時、町の人から漁業権を譲り受けた。
(ここまで 666文字/記事全文 1231文字)

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