地域ニュース

【重富寛さんコラム】泡と人の向こう側<19> 「麦酒の源流」旅して動画に(2018年5月4日掲載)

2020/7/16 20:56
日本のビールの歴史をたどろうと北海道で動画を撮影。野生ホップ発見の地の岩内町も訪れた

日本のビールの歴史をたどろうと北海道で動画を撮影。野生ホップ発見の地の岩内町も訪れた

 きょうはフラワーフェスティバルの中日ですね。

 重富がまだ少年だった頃、おそらく1回目のフラワーの開会式をお手伝いしています。当時の荒木広島市長が平和の灯から採火した「火」を、トーチに掲げて花の塔まで歩き、現在はフラワークイーンと呼ばれるコンパニオンと実行委員長に届ける「平和の灯リレー」を担いました。あれから41年たった今、明治時代に芽吹いた「麦酒(ビール)」を今の時代に伝える「麦酒リレー」を担いたいと願っています。

 私が開校している「生ビール大學(だいがく)」では、麦酒発祥とされるメソポタミア文明から現代に至るまでの5千年間を60分間で講義しています。その中で日本のことを話せるのは長くて15分くらい。もっと話したい、もっと伝えたいことがあるのです。その中で一番伝えたいのが日本人にとっての麦酒の原点です

 日本には麦酒発祥の地が数カ所あります。1869年横浜、72年大阪、これは主に外国人居留地に住む外国人向けの麦酒でした。そして76年北海道開拓使麦酒醸造所が開設されます。この醸造所は北海道開拓という莫大(ばくだい)な予算をかけて国策として造られた工場の一つです。醸造を担当したのは新潟出身の日本人。そして外国人に向けてではなく、日本人のために造られた麦酒です。
(ここまで 536文字/記事全文 1282文字)

会員限定の記事です
  • 無料登録して続きを読む
  • ログインする
  • 前の記事へ
  • 次の記事へ

 あなたにおすすめの記事

アーカイブの最新記事
一覧