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【あの日から 広島土砂災害6年】<1>息子の自転車 2年後に届いた贈り物

2020/8/12 22:31

自宅近くの河川敷で息子の形見の自転車を押し、在りし日を思う吉彦さん=三次市(撮影・藤井康正)

 ▽「いつも一緒」形見こぐ

 三次市を流れる江の川の河川敷。湯浅吉彦さん(67)が、ぴかぴかに磨かれた黒い自転車をゆっくりとこいでいた。「これに乗ると、あの子と一緒にいるような気持ちになれてね」。2014年8月の広島土砂災害で長男康弘さん=当時(29)=を失った。自転車は康弘さんの形見だ。

 康弘さんが災害直前まで過ごした東京で愛用していた自転車。盗難に遭い、行方が分からなくなっていた。災害の2年後の夏、都内で見つかったと警視庁から連絡があった。「突然この世を去った息子からの贈り物のようだった」

 ▽野球の思い出

 家に届いたのはスポーツタイプ。「康弘らしいな。お帰り」と声を掛けた。小学3年から野球を始め、体を動かすのが大好きだった康弘さん。その笑顔がよみがえった。吉彦さんは体調を崩し、何か運動を始めようと思っていた時期だった。「しっかり体を鍛えろよ」と康弘さんから言われた気がした。

 その日の体調と相談しながら、サイクリングをするのが日課になった。親子そろって高校野球の大ファン。夏休みには2人で甲子園に行き、一緒に観戦した。休日には康弘さんの試合の応援に出向いた。自宅近くの河川敷でゆっくりペダルをこぎながら、在りし日の息子を思う。

 東京の学校に進学、就職した康弘さんは14年7月末、転勤のため広島市安佐南区八木のアパートに移り住んだ。妻みなみさん=当時(28)=との新婚生活。みなみさんのおなかには新たな命も育まれていた。希望に満ちた「3人」の暮らしを、土石流がのみ込んだ。

 吉彦さんが康弘さんと最後に会ったのは災害の1週間ほど前だった。引っ越し作業が落ち着いたと実家に寄ってくれた。「せわしない日で、あまり話もできなかった」

 ▽区切りはまだ

 災害から間もなく6年。町で擦れ違う若者に息子の面影を重ねてしまう。幼い子どもを連れた家族連れを見ると、何とも言えない感情が押し寄せる。3年前、「三人いっしょ」と刻んだ墓を吉彦さんの自宅裏に建てた。区切りを付けたと思っていても、ふとした瞬間に、息子たちの死を受け止め切れていないのだと思い知らされる。

 年齢を重ねるにつれ、吉彦さんが自転車に乗る頻度は少なくなった。それでも丁寧に磨いて風通しのよい軒先に置き、近くの親戚が営む自転車店でメンテナンスを続けている。

 「今もどこかで元気に生きている気がするんです。ひょっこり帰ってきても、すぐにあの子が乗れるようにしておいてあげたい」。吉彦さんは、夏の日差しを受けて輝く自転車を優しくなでた。(木原由維)

    ◇

 災害関連死を含め77人が犠牲になった広島土砂災害は20日、発生から6年になる。今も亡き人を思う人がいる。前を向こうとする人もいる。遺族や友人たちの、あの日からの心の軌跡を見詰めた。

【あの日から 広島土砂災害6年】
<1>息子の自転車 2年後に届いた贈り物
<2>新たな絆 隣人たちと開く教室
<3>祖母への誓い 大学で学ぶ防災
<4>チームメート エースの追悼試合
<5>遺志をつなぐ 消防士の部下、警察官の長男

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