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【あの日から 広島土砂災害6年】<2>新たな絆 隣人たちと開く教室

2020/8/13 21:47

一代さん(左端)の自宅であった絵手紙教室。和やかなひとときが心の癒やしになっている=広島市安佐南区(撮影・高橋洋史)

 ▽夫失った悲しみ埋める

 広島市安佐南区八木の広島県営緑丘住宅。7月30日の昼下がり、一室に笑い声が響いていた。絵手紙作りを楽しむ女性たち。輪の中に西田一代さん(75)がいた。

 同住宅で暮らす主婦たちが月1回、持ち回りでそれぞれの自宅に集まり、講師を招いた教室を開いている。この日の会場は一代さん方。一代さんはホオズキを描きながら笑った。「みんなとしゃべるのが楽しみで。夫を失っても、笑顔で会える人が近くにいることがありがたい」

 ▽最後の会話に

 2014年8月20日の広島土砂災害で、新聞販売店従業員だった夫の末男さん=当時(63)=を亡くした。末男さんは午前2時40分ごろ、いつものようにバイクで出勤した。外は土砂降りだった。心配する一代さんに、「大丈夫」と笑いかけて出掛けた。

 直後、地鳴りのような音が聞こえた。末男さんの携帯電話に何度かけてもつながらない。近所の人に避難するよう促されたが、一代さんは「夫と連絡が取れるまでは」と断った。明け方、再び訪ねてきた住民に抱きかかえられて逃げた。それから県営緑丘住宅は土石流にのまれた。住民2人が亡くなった。

 同住宅の周囲に県が土砂流入を防ぐ壁などを建設し15年2月、再入居が始まった。被災前に住んでいた全114世帯のうち半分は別の住まいに移ったが、一代さんは戻った。「夫と暮らした場所。離れる方がつらかった」。38歳で結婚し、ここで2人の息子を一緒に育て上げた。

 末男さんの遺体は災害発生から20日後、同住宅から約200メートル離れた用水路で見つかった。その付近には今も近づけない。あの時、どうしてもっと強く引き留めなかったのか―。自分で嫌になるほど、自らを責め続けてきた。

 悲しみを少しずつ埋めてくれたのは、同じく被災した隣人だった。

 ▽動機は恩返し

 一代さんは避難生活中、絵手紙作りを始めた。同住宅に戻った後、一緒に作ろうと住民を誘った。自分の無事をわが事のように喜んでくれた人たちに恩返ししたかったからだ。仲間の輪はすぐに広がった。被災前まで、ほとんど顔を合わせたことがなかった人もいる。

 「災害を一緒に乗り越えてきた仲間。気兼ねなく支え合う存在でありたい」。教室に初回から参加している丸山淑子さん(77)は、一代さんに心を寄せる。

 あの日からいくら時間がたとうと悲しみは癒えない、と一代さんは思う。「例えば病院の待合室で1人で待っていると無性に寂しくなるんです。ああ横にいてくれたらなあって」。一方で時の経過は隣人たちとの絆を深めた。「この縁をいつまでも大切にしたい。夫も安心してくれるはず」。鮮やかなオレンジに色づくホオズキの絵手紙を仕上げ、夏の光に透かすように掲げた。(木原由維)

【あの日から 広島土砂災害6年】
<1>息子の自転車 2年後に届いた贈り物
<2>新たな絆 隣人たちと開く教室
<3>祖母への誓い 大学で学ぶ防災
<4>チームメート エースの追悼試合
<5>遺志をつなぐ 消防士の部下、警察官の長男

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