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疎開学童の悲劇忘れない 広島市南区・比治山で「対馬丸」慰霊祭、ネットで那覇と同時開催

2020/8/22 22:59
対馬丸の犠牲者を悼み、碑前で手を合わせる参列者(撮影・河合佑樹)

対馬丸の犠牲者を悼み、碑前で手を合わせる参列者(撮影・河合佑樹)

 太平洋戦争中に米潜水艦に撃沈された沖縄の学童疎開船「対馬丸」の犠牲者を追悼する慰霊祭が22日、比治山陸軍墓地(広島市南区)で営まれた。新型コロナウイルスの影響で参列者を減らしたが、那覇市の慰霊祭と初めてオンラインでつないで同時開催し、子どもや同乗した広島の陸軍部隊の隊員を悼んだ。

 広島に拠点を置き、児童の護衛のため対馬丸に同乗していた陸軍船舶砲兵部隊の碑前には、遺族を含む15人が集まった。那覇市にある対馬丸の碑「小桜の塔」前での慰霊祭とビデオ会議システムでつなぎ、両会場で並行して執り行った。

 広島では、同級生15人を亡くした梅本テル子さん(84)=東区=が弔辞を読んだ。当時は那覇市の国民学校3年生。対馬丸に乗る予定だったが、父が直前に召集されたため別便で先に鹿児島へ渡っていた。梅本さんは亡き同級生に「あなたたちより7回り近くも年をとりました。戦争が起こらぬようしっかり見てまいります」と語り掛けた。

 参列した北口清子さん(77)=中区=は1歳の時、砲兵部隊に所属していた父荒木徳一さんを対馬丸で失った。「沖縄方面で戦死」としか知らなかったが、2008年に訪れた対馬丸記念館(那覇市)で偶然、父の名を見つけた。「そこで初めて無念の死を知り、涙が出た。毎年ここで霊を慰めたい」と話していた。

 対馬丸は1944年8月22日、鹿児島県沖で雷撃され、判明しているだけで学童784人、船舶砲兵21人を含む1484人が犠牲となった。広島での慰霊祭は、沖縄戦の調査を学生と続ける広島経済大(安佐南区)の岡本貞雄教授(68)が18年から開き、3回目。(明知隼二) 

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