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【やまぐち夏模様 コロナに負けじと】山高バスケ部メモリアル杯 「全国」行けなくても燃焼

2020/8/26 23:00
メモリアルカップ後も体育館で練習に励む山口高バスケ部の3年生たち。記者も参加したが、ついて行けず(撮影・山下悟史)

メモリアルカップ後も体育館で練習に励む山口高バスケ部の3年生たち。記者も参加したが、ついて行けず(撮影・山下悟史)

 ▽悔しさ糧 それぞれの道

 「全国大会にはつながらないが、高校生活の集大成で勝ててよかった」

 7月19日に下松市であった「やまぐち高校生2020メモリアルカップ」のバスケットボール男子決勝。新型コロナウイルスの影響で中止の山口県高校総体に代わるこの大会で優勝した山口高の主将倉床陸君(18)の言葉には最後の夏への思いと悔しさがにじんだ。

 強豪校ながら県総体では過去7年間優勝できなかった山口高。「今年こそは」の思いを胸に練習してきたが、せっかく県大会で優勝しても今年はその先のインターハイがない。表彰式の後、倉床君は「仲間と最高の結果を出せてうれしい。どんな道に進んでも経験は生きる」と言った。その気丈な振る舞いに、同じく高校時代バスケに明け暮れた自身の記憶がよみがえり目頭が熱くなった。

 ▽全国で16強に

 大会から半月後、山口高の体育館にバスケ部の練習を訪ねた。館内は立っているだけで汗がしたたり落ちる。メモリアルカップ優勝後も3年生部員7人のうち4人は部活動に残った。冬の全国選手権への出場を狙うからだ。身長184センチのセンター松田直樹君(18)は「冬の全国大会も開かれるかは分からずモチベーション維持が難しいが、大きい選手に負けないよう工夫して練習を重ねている」と話す。豪快なダンクシュートを披露してくれた。

 バスケ部は同高卒業生の隅広敬太郎教諭(35)が昨年から顧問を務める。隅広教諭は17年前のインターハイに出場し山口高を全国16強に導いた。実は同じ年に記者も岡山県代表の倉敷青陵高のメンバーとしてインターハイに出場した。こちらは初戦敗退だったのだが。

 ▽勝負の世界へ

 隅広教諭は「4月にインターハイ中止が決まり、部員たちに何と言葉をかけて良いのか分からなかった」と振り返る。全国の目標が消えたショックは大きく、3年生の大半がその時点での引退を考えた。だが、隅広教諭は個別に電話し「卒業後に再会したとき『自分たちはやり切った』と言えるよう夏まで頑張ろう」と奮い立たせ練習を再開。県大会制覇を成し遂げた。

 山口高は県内有数の進学校だけに3年生部員の多くも大学進学を志望する中、吉田浩心君(18)はボートレーサーを目指す。11月の養成所試験の応募資格「体重57キロ以下」に向けて減量に励む毎日。「バスケで頑張った経験はプロレーサーでも役に立つはず」と語る姿には勝負の世界に飛び込む心意気を感じさせられた。

 体育館に3度目に足を運んだある日。昔取ったきねづかと記者も練習に交ぜてもらった。しかし少し動くと息が上がる。シュートはリングに届かない。5往復のダッシュでは途中で派手に転んだ。部員からは「けがしないでくださいよ」と心配される始末。心はいつまでもバスケ少年のつもりだったが、30代半ばの体は数日後まで筋肉痛に襲われた。

 ふと練習コート脇のホワイトボードを見ると「全国ベスト8」と書いてあった。自身の成績を上回ることを後輩の部員たちに託す隅広教諭が書いた。隅広教諭は「まだ大きな目標への階段を一歩ずつ上り始めたばかりですよ」と語る。

 コロナで全国行きの切符は得られなかったが、それぞれが忘れられない思い出を刻んだ夏。たとえつらい経験でも、いつか大切な財産になると、挫折だらけの記者はエールを送りたい。(川上裕) 

    ◇

 「未曽有(みぞう)の国難」とされる新型コロナの猛威が続くこの夏。晴れ舞台を失った若者や家族が帰省できなかった山里、客足が遠のく盛り場などを訪ね、コロナ禍の人間模様に触れたい。


この記事の写真

  • 優勝したメモリアルカップの表彰式で複雑な表情の主将の倉床君(右端)
  • インターハイ出場を決めた17年前の岡山県総体決勝でプレーする高校時代の記者(右)

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