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「無名」の奏者、紡ぐ音色 シャレオの「まちかどピアノ」

2020/8/31 20:50
ピアノに触れて楽しむ西迫さん家族

ピアノに触れて楽しむ西迫さん家族

 広島市中区の紙屋町地下街シャレオの一角に、誰でも自由に弾けるピアノがある。7月、市内の公共施設で初めて常設されたストリートピアノ「紙屋町まちかどピアノ」。どんな人が、どんな思いで弾いているのだろう。8月最後の週末、演奏した人に話を聞いた。

 午前10時すぎ。買い物中に家族で訪れた女の子がピアノの前に座り、ポップス曲を弾き始めた。広島大付属東雲中2年の三宅夏さん(14)=安佐南区。幼稚園からピアノを習い、今年で10年になる。「外で弾くのは初めて。空間に音が響いて気持ちいい」

 ピアノは1967年製。戦後、市民に親しまれ今年3月に閉店した「純音楽茶房ムシカ」や教会で使われていた。市が目指す「音楽のあふれるまちづくり」の一環で、7月8日からシャレオ東中広場に設置している。花柄のデザインに引き寄せられるように鍵盤に触れる親子連れも多い。

 「弾いてみる?」。会社員西迫映実さん(32)=安佐南区=に連れられ、恥ずかしそうに近寄ったのは長女莉子ちゃん(4)と長男朝陽(あさひ)ちゃん(3)。莉子ちゃんはピアノを始めて4カ月。鍵盤に触れると満面の笑みを浮かべた。

 音色は奏者の人生や願いも映し出す。理学療法士の渡辺昌寿さん(59)=安芸高田市=は、歌謡曲「少年時代」などを軽やかに奏でた。小学生の頃、音楽好きの父親の影響でピアノを習い、今の仕事にも取り入れている。その父親は昨年11月、心臓の病で亡くなった。「父が好きだったメロディーを思って弾いた」

 続いて、岩国市の對尾(つしお)康伸さん(29)が静かに鍵盤に手を置いた。子どもの頃のいじめをきっかけに、今も広島市内の心療内科に通う。自らの体験を地域の子どもたちに伝える活動に取り組んでいる。「いじめが社会からなくなってほしい」。ベートーベンのソナタ「月光」に、そんな願いを込めたという。

 昼下がり。車いすに乗った大内正子さん(68)=中区=が、夫の斉(ひとし)さん(63)に押され、姿を見せた。6年ほど前から病で体が不自由になり、声を出すのも難しくなった。「妻が少しでも明るい気分になってくれたら」と斉さんが連れ出した。

 かつて同じマンションに住む子どもたちにピアノを教えていた正子さん。ピアノに触れるのは、それ以来30年ぶり。小学生時代の思い出の曲「ふるさと」をゆっくりと奏で始めた。寄り添う斉さんは、リズムとともに体を揺らす。正子さんは「自然と手が動いた。当時の記憶がよみがえった」とほほ笑んだ。

 この日夕までに演奏したのは20組以上。ピアノが鳴り響くと、地下街はコンサート会場へと変わる。音色は行き交う人々の足を止め、見知らぬ人同士を結び付ける。「無名のピアニスト」への温かい拍手が何度も鳴り響いた。取材を終えると、心が温かくなった。(佐伯春花)

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  • 思い出の曲「ふるさと」を演奏する大内正子さん(右)と夫の斉さん
  • 三宅夏さん

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