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【未来への軌道 錦川鉄道30周年】<1>出発点 岩日線継承へ運動(2017年7月28日掲載)

2020/9/19 16:10
錦川清流線の開業を祝い、テープカットする県や地元、JRの関係者(1987年7月25日)

錦川清流線の開業を祝い、テープカットする県や地元、JRの関係者(1987年7月25日)

 岩国市を走る錦川鉄道の錦川清流線が25日、開業30周年を迎えた。旧国鉄岩日線を引き継ぐ形で誕生し、延べ1100万人を超える乗客を運んできた一方、経営は30年連続赤字となるなど厳しい状況が続く。沿線住民の高齢化が進む中、地域の公共交通として重要性を増す同鉄道の歩みを振り返り、今後を展望する。

 「女が守った古里レール」「訴え10年 感無量」。1987年7月26日付中国新聞朝刊。清流線開業を喜ぶ紙面の中に、路線存続運動の苦労を伝える見出しが並ぶ。「若い人はまだいいが、年寄りには鉄道が必要だと考えた」。旧美川町の連合婦人会会長として当時、取材に応じた曽江井浮江さん(93)=美川町=は振り返る。

▽集落で署名活動

 岩日線廃止とバス転換へのムードが高まる中、旧錦町の連合婦人会から「美川町の人も鉄道に乗るでしょう」と存続運動への参加を求められた。早速各集落の班長を通じて署名活動を始め、集まった名簿を持って県に陳情もした。「婦人会はみんな署名に賛成。存続への思いを感じた」と懐かしむ。

 旧錦町では「岩日線を守る会」(現錦川清流線を育てる会)が結成され、存続運動はまさに官民挙げての活動だった。「乗って残そう岩日線」をスローガンに掲げ、正月に宮島まで行く初詣列車などを企画。錦町役場は守る会の活動に補助金を出し、広報も担った。地元商工会がイベントの景品に初詣列車のチケットを使うなどする中、自分の店の営業を休み、存続運動に精を出す商店主もいた。

▽イベントで訴え

 旧錦町では岩日線を冠したイベントを打ち上げ、町外の人に鉄道で訪れてもらうことも考えた。アユのつかみ取り、ゲートボール大会、ほたる祭り、カラオケ大会…。「考えられるイベントは全てやった。『おまえらイベント屋か』と、よく言われた」。錦町役場職員だった西村恵昭さん(79)=錦町=は苦笑する。

 だが、時代は既にマイカーが当たり前。錦町駅からイベント会場までの2次交通手段がほとんどないのも災いし、高齢者向けイベントでさえ車での来場者ばかりになった。

 「岩日線の名前は知られるようになったが乗車率は上がらず、廃止になった」。そう振り返る西村さんだが、存続運動は決して無駄ではなかったと考える。「第三セクターの形で路線を残す考えは錦町にも当初なかった。清流線の誕生は、住民たちの存続運動の結果だ」(加田智之)


<クリック>錦川清流線
 1960年11月に開業した旧国鉄岩日線(川西―河山駅間)が前身で、87年7月に開業。岩国市や山口県などが出資する第三セクター錦川鉄道が運行する。川西―錦町駅間の32・7キロを、通勤通学時間帯を中心に毎日10往復。JR岩徳線に乗り入れ、岩国―錦町駅を最速63分で結ぶ。

【未来への軌道 錦川鉄道30周年】
<1>出発点 岩日線継承へ運動
<2>細る経営基盤 「固定客」20万人減る
<3>事業の多角化 新たな収入源へ知恵
<4>住民の後押し 美化や催し 利用に力
<5>担い手たち 運行や修繕、若手継承

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