地域ニュース

戦艦大和の遺品一部公開 市、検証し展示へ(2018年6月9日掲載)

2020/9/21 16:47
報道陣に公開された戦艦大和の遺品。火薬缶(手前左)は腐食が進み、沈没から70年余りの経過を物語る

報道陣に公開された戦艦大和の遺品。火薬缶(手前左)は腐食が進み、沈没から70年余りの経過を物語る

 呉市が8日に報道陣に公開した戦艦大和の遺品は、火薬缶など大和との関わりを色濃く示す、市にとって一級品の観光資源だ。大和本体の引き揚げを期待する声も一部に根強い中、遺品が大和を柱とした市の観光振興の目玉に加わるのは間違いない。

 大和人気を受け、2005年にオープンした大和ミュージアムは市最大の集客施設。開館時に入館者年161万人を記録し、市の入り込み観光客数を前年の227万人から一気に345万人に引き上げた。そこに今回の遺品18点が加わることになる。

 遺品5点を報道陣に公開した大和ミュージアムの戸高一成館長は「時間をかけて検証した上で公開する。海底に現存する大和の記録を見てほしい」と力を込めた。

 大和は1985年と99年にも潜水調査がなされ、ラッパや靴、ライトなどが引き揚げられた。ただ、今回は機器の進歩で最大200キロの比較的重量のある遺品も交じる。火薬缶など、市がこれまで所有していなかったものもあり、一般公開される予定の2020年度には展示が一層充実するのは確実だ。

 大和は1941年に呉市で建造され、45年4月に九州南西沖で米軍機の攻撃を受け沈没。東シナ海の水深約350メートルの海底に眠っている。元乗組員で戦艦大和会の広一志会長(94)=呉市=は「遺品は大和の悲劇を語り継ぐ意義深いもの。若い人も含めてぜひみてもらいたい」と期待した。(浜村満大、見田崇志)


<市が寄付を受けた遺品>(かっこ内は材質)

船窓(金属)▽火薬缶(鉄)▽測距儀(金属)▽ランプ(金属)▽ハンドル(金属)▽甲板破片(木材)▽色付き皿(鉄)▽薬きょう(金属)▽スタンド(金属)▽火薬缶のふた(金属)
ボイラー部品(石綿・鉄)▽備前焼のがいし(陶器)▽レーダーがいし(陶器)▽矢印付きのバルブ(金属)▽「高角」と書かれた目盛(金属)▽消火器と思われるもの(アルミニウム)▽「80」の目盛が刻まれたもの(鋳鉄・鋼鉄・真ちゅう)▽「開」の刻印があるバルブ状のもの(金属)

  • 前の記事へ
  • 次の記事へ

 あなたにおすすめの記事

アーカイブの最新記事
一覧