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松江城天守に「破風」? 別名「千鳥城」の由来か 絵図から柱穴痕跡を確認(2016年5月1日掲載)

2020/9/25 19:23
現在の松江城天守。屋根と一体の入母屋破風となっている

現在の松江城天守。屋根と一体の入母屋破風となっている

 国宝の松江城天守(松江市殿町)に1611年の建築当初、「千鳥破風(はふ)」と呼ばれる屋根の装飾があった可能性が出ている。江戸期の絵図を基に、天守の一部で柱穴とみられる痕跡を確認。別名「千鳥城」の由来とも考えられるため、市は詳しく調査を進める。

 千鳥破風は屋根に載せるように付けた三角形の飾りで、羽を広げたチドリのように見えるという。現在の松江城天守は、屋根と一体となった「入り母屋破風」となっている。

 外部の有識者が昨年10月、1644〜48年の絵図「出雲国松江城絵図(正保城絵図)」で天守の2、3層目に計6カ所の千鳥破風が描かれていると指摘。市史料編纂(へんさん)課がことし2月、天守内部を調査したところ、2階東側の柱4本に直径約20センチの穴があり、絵図にある千鳥破風と位置がほぼ一致することが分かった。

 絵図は、天守の外観を5重とし、現状の4重と異なるため、これまで千鳥破風なども含め、外観を誇張して描かれた可能性があるとされてきた。今回の確認を受け、同課の稲田信課長は「1738〜43年の天守大修理の際、千鳥破風の撤去をはじめ、天守が大きく姿を変えた可能性がある」とみている。

 市は今後、米子高専の和田嘉宥名誉教授(建築史)ら建築の専門家に調査を依頼する。痕跡を調べるとともに、絵図の天守が構造的に可能かどうかなどを探る。

 稲田課長は「これまで千鳥城という別名について、はっきりした由来は分かっていなかった。建築当初の天守の姿の解明を進めたい」としている。(松島岳人)

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