地域ニュース

【ヒロシマの空白】

2020/9/26

ヒロシマの空白

 埋もれた名前

埋もれた犠牲者名、どう把握〜「14万人」は推計の域を出ず
原爆犠牲者8万9025人把握 広島市、推計14万人と開き

【連載】埋もれた名前
 <1>「一家全滅」 70年余公的記録なし
 <2>全国調査の壁 全容把握に消極的な国
 <3>幼い犠牲 生後数時間、名なき命
 <4>「軍都」広島 各地から応召、犠牲に
 <5>学徒出陣 大学の調査、最近から
 <6>朝鮮半島出身者 多数犠牲、解明には壁
 <7>北朝鮮の被爆者 国交なく援護対象外
 <8>白系ロシア人 亡命一家をほんろう
 <9>検視調書 5万人余の記録不明
 <10>新資料 宙に浮く事業所名簿
 <11>級友の消息 「個人情報保護」壁に
 <12>原爆孤児 「推定」79歳、わが名は
 
 消された命の証しあった 旧天神町3世帯6人の被爆死、本紙確認
 壊滅の悲惨さ浮き彫り 旧天神町3世帯6人の被爆死

 帰れぬ遺骨

供養塔の遺骨1体、返還へ調査 広島市、10年度以降2例遺族へ
帰れぬ遺骨 家族はどこに

【連載】帰れぬ遺骨
 <1>「梶山ハル」さん 祈念館の遺影、糸口に
 <2>「琢夫」と「宅雄」 墓の骨は誰、募る疑問
 <3>天神町66番地 資料館周辺、生活の場
 <4>名字の手掛かり 証言集に「麓」さん表記
 <5>遺族それぞれ 供養塔も「家族の墓」
 <6>寺の納骨堂 名前記載、眠ったまま
 <7>子守り地蔵 小さな「かけら」供養
 <8>似島の土の下 1人で発掘「まだある」
 <9>政府の立場 収集「地方がやること」
 <10>県北の集落で 死者の無念思い続け
 <11>母の日記 捜し続けた子、どこに

 さまよう資料

米軍返還の組織標本劣化 広島大原医研、デジタル化検討
資料の散逸 阻まれた研究

【連載】さまよう資料
 <1>米軍返還資料 標本に急性症状の痕跡
 <2>技術の進歩 内部被曝、細胞貫く筋
 <3>被爆者カルテ 健康追跡で膨大な蓄積
 <4>米軍撮影写真 被害実態、鮮明に語る
 <5>戦勝国の兵士 遺品に焼け跡写す一枚
 <6>被爆者手帳の申請書 保存基準なく廃棄も
 <7>解散団体の記録 各地の歩み、無二の財産
 <8>「原本」の重み 屋外動員に教師は反対
 <9>被服支廠 手記や遺品、国・市にも
 <10>被爆者の「終活」 痛みや歩み「継承を」

 国の責任を問う

原爆犠牲「米に賠償責任」 79年厚相諮問機関で元外務省局長
被害の全て、償われたか 死没者への救済、国は放置 生存者援護も限定的

【連載】国の責任を問う
 <1>給付金の「線引き」 「遺族も被爆」が条件
 <2>まどうてくれ 全ての死者に償いを
 <3>追悼平和祈念館 死没者銘記まだ一部
 <4>「分断」にあらがう 空襲・原爆、共に被害者
 <5>被爆者健康手帳 91歳でやっと手に
 <6>原爆症認定 「放射線起因」に限定
 <7>内部被曝 広範囲に「黒い雨」
 <8>被爆2世 「遺伝」未解明、援護の外
 <9>禁止と廃絶 「生き残った者の務め」

 つなぐ責務

朝鮮人被爆死、把握漏れ 広島市、45年末まで相当数か
埋もれた犠牲者、海外にも
被害に迫る営みを未来へ

【連載】つなぐ責務
 <1>市民の手で 75年経て肉親記載へ
 <2>遺族捜し 「まだ発見あるはず」
 <3>資料の活用 公開情報に眠る事実
 <4>問い直す 援護の外、見えぬ被害
 <5>被害実態の発信 「絶対悪」繰り返させぬ
 <6>諦めない 一人一人の命、忘れぬ

 街並み再現


被爆前の本通り写真など200枚 広島県内7施設「消えた街」保存
本通りで生きていた被爆前

【連載】本通り
 <1>理髪店主のアルバム
 <2>キリンビヤホール
 <3>袋町国民学校
 <4>商店街
 <5>探し続けて
【連載】旧中島地区と周辺
 <上>旧中島本町
 <下>旧材木町など
 
 にぎわう八丁堀、戦前から
 八丁堀、壊滅前の活気 中国新聞写真サイト、新たに110枚加わる
 本川地区 児童や職人で活気
 基町と周辺 軍都の象徴
 国泰寺町 夢抱いた学びや
 広島駅 「軍都」の玄関口
 被爆前の写真、ウェブに1000枚 読者提供続々
 貴重な写真続々 日常のカケラ、埋めていく
 暮らし語る100枚 福山の遺族が写真保管
 爆心地の島病院、継ぐ思い
 島病院に犠牲者名簿 爆心地、19年夏発見41人分記載
 写真が刻む被爆前の慈仙寺
 被爆前のげた工場、職人に活気
ヒロシマの空白 写真アーカイブ


 ニュース

 犠牲814人の遺族探して 広島市、全国に名簿発送
 原爆供養塔の納骨名簿、全国で掲示 返還へ情報期待
 サーローさん、映画で追う NY在住・被爆2世の竹内さん製作
 原爆罹災者名簿を公開 6日まで広島国際会議場
 8・6前日、笑顔のわが家 広島の茶葉店、写真を展示
 大正屋呉服店の反物確認 平和公園レストハウス前身、広島の医師保管
 姉との日々、反物越しに 天野さん「大切に子と孫へ」
 在韓被爆者に健康手帳 金さん、偶然から証人発見
 投下前の写真3000枚寄贈 理髪店主ら撮影、資料館が整理
 仲良し家族 生きた証し
 叔母の最期、調書で発見 広島市西区の中原さん、当時1歳
 軍医だった父の面影求めて 医師松本隆允さん、「あの日」と向き合う
 亡き兄の弁当箱、捜し歩いた母の日記
 県外部隊の被爆死、つながらぬ点と点 追悼祈念館死没者名/広島市動態調査
 「歴史」にしない努力を 報道センター長・吉原圭介


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