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ふるさと胸に、独自世界 中国地方ゆかりの2人が文化勲章

2020/10/27 23:01

自作「炎心」を前に、人形作家人生を振り返る奥田さん(東京都の自宅)

 文化勲章に27日、中国地方ゆかりの2人の受章が決まった。三次市出身の人形作家奥田小由女さん(83)と、島根県吉賀町出身の彫刻家澄川喜一さん(89)=いずれも東京都在住。故郷を原点に芸術の道を歩み続け、独自の世界を打ち立てた。栄誉をかみしめつつ、新たな創作への意欲を燃やす。

 ▽人形通じ平和願う 奥田さん

 工芸の「人形」分野での文化勲章受章は初めて、夫妻ともに受章者となるのも初めてだ。「思いがけない栄誉。人形という世界で認めていただいたことがうれしい」。第一報を受けてまず自宅の仏壇に手を合わせ、夫の日本画家・故奥田元宋さんに報告した。「きっと、喜んでくれていると思います」

 堺市生まれ。幼少期に父を病気で亡くし、母の実家があった広島県吉舎町(現三次市)に移り住んだ。小学生の時、広島の原爆で叔父と祖母を亡くした。

 日本画か彫刻を学びたいと考えていた高校3年の時、東京の展覧会で人形を見て「雷に打たれた。自分を表現できる世界はこれだと」。人形作家を志して上京。10年にわたって独自の創作を模索し、日本古来の胡粉(ごふん)を使った「白一色」の抽象的な作風を生み出した。

 1972年、風にそよぐ書物に人生を重ねた「或(あ)るページ」で日展特選に。76年、元宋さんと結婚後は、独自にあみだした「色胡粉」が彩る優しい女性像の世界へと移行する。

 作風は変遷しても、変わらないのは日本美を象徴する胡粉へのこだわりと、平和への思い。90年、日本芸術院賞を受賞した「炎心」は原爆と母子の愛をテーマとした。「これからも精進を重ね、祈りや思いを表現していきたい」(西村文)

 ▽錦帯橋、彫刻の原点 澄川さん

 澄川さんは、精妙な曲線に削り出した木の「そりとむくり」を組み合わせた抽象彫刻を数多く生み出してきた。「予期せぬ受章で、うれしさより驚きの方が強い。支えてくれた皆さんに感謝したい」と笑みがこぼれた。

 「彫刻家の原点は錦帯橋にある」。澄川さんは山口県境に近い島根県吉賀町に生まれ、岩国市の岩国工業学校(現岩国工高)へ進学。木の部材を組み合わせて美しい5連アーチを構える錦帯橋にほれ込み、夢中で橋の構造をスケッチしたという。

 進学先の東京芸術大を卒業後は教員として腕を磨き、1979年には大学の師の名を冠した平櫛田中賞を木彫の「そりのあるかたち1」でつかんだ。同大では95年から6年にわたって学長を務め、後進を育成した。

 石や金属の屋外彫刻も積極的に世に送り出した。84年、山口県庁前庭に石造りの「鷺舞(さぎまい)の譜」を制作。以後、東京湾アクアラインの人工島に設置された換気施設「風の塔」や東京スカイツリーといった大規模な公共造形を手掛けた。「シンプルにすることでシンボリックになる」と説く。

 センター長を務める益田市の島根県芸術文化センター・グラントワ内の県立石見美術館で12月から、受章記念展が計画されている。「古里への恩返しにしたい。新作もぼちぼち作っていかないと」と語った。(桑原正敏)

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  • 手掛けた作品を背に、受章の喜びを語る澄川さん(東京都の事務所)

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