【ひと まち】横断歩道の安全、亡き妻との約束 広島中央署基町交番・巡査部長 田中雅史さん
広島市中区基町の広島県庁東側の市道にいつもの姿があった。広島中央署基町交番の巡査部長田中雅史さん(47)。昼下がり、信号機のない横断歩道のそばで歩行者や車の動きを見つめ、道交法が禁じる「横断歩行者妨害」がないか、目を凝らす。ここに立ち始めて4回目の冬が近づく。
横断歩道には特別な思いがある。10年前の2010年5月24日午後。西区横川町の国道183号交差点で、自転車に次女を乗せた妻かおりさん=当時(36)=が、青信号で自転車横断帯を渡っていた際、右折の軽トラックにはねられた。
田中さんは当時、県警本部組織犯罪対策課に所属。事故当日も捜査で浜田市にいた。すぐに広島市に戻り、病院で意識のないかおりさんと対面した。かおりさんはその時一瞬、体を起こし、何か訴えようとしたが、すぐに力尽きた。動きが確認できたのはこれが最後だったという。翌月14日、息を引き取った。2人が結婚式を挙げた記念日だった。
「なぜ青で渡っていてこんな目に遭うのか…」。怒りと憎しみで心が震え、こんな状態で警察官を続けられるのかと、葛藤が続いた。しかし3児の父として亡き妻に誓った。「子どもを立派に育てる」。主に刑事畑を歩んできたが、「仲間に迷惑を掛ける」として異動の腹も決めた。
13年に広島中央署地域課に移り、14年4月に新天地交番に配属となったのが転機だった。県警は、横断歩道での歩行者妨害の取り締まりの強化を掲げていた。「これだけは譲れない」。若者たちでにぎわう並木通りにある、信号機のない横断歩道に通い続けた。
現場では、歩行者や自転車がいるのに止まることなく車が突っ切る。横断歩道の前で困惑する子ども連れを見ると、胸が騒いだ。摘発を繰り返したが、時に冷静さを欠き、きつい口調になることもあった。妻の死後、地域や学校関係者に支えられた。「安心安全な社会の一助になりたかった。自分の姿が抑止につながればと、その一心だった」
17年9月に基町交番に異動してからは、人や車の往来が多い今の場所を選んだ。平日の午後にできるだけ時間をつくり「定位置」に向かう。そのさなか、ふと思う。あの時、妻は最後に何を訴えようとしたのだろうか―。「交通事故死の多くは最愛の人と最後の言葉を交わせない。つらいもんです」。田中さんはかみしめるように言う。
県内では今年、4日時点で56人が交通事故で命を落とした。うち歩行者5人、自転車の3人の計8人は横断歩道を渡っていた時に事故に遭った。「少なくとも横断歩道上の事故はゼロにしたい」。田中さんは今、違反者に反則切符を渡す時にこう伝える。「これを最後の違反にしてくださいね。交通事故死ゼロに協力を」と。(石下奈海)
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