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放影研移転先に広島大霞キャンパス案 連携強化など利点

2020/11/27 0:00

比治山公園にある放影研(奥左)の移転先の候補に浮上している広島大霞キャンパス=手前(撮影・荒木肇)

 日米両政府が共同運営する放射線影響研究所(放影研、広島市南区)の移転問題で、新たな移転先の候補に広島大霞(かすみ)キャンパス(同区)が浮上していることが26日、分かった。移転の早期実現を求める広島市はこれまで、市総合健康センター(中区)への入居を提案してきたが、決定には至っていない。霞キャンパスへの移転は、放影研と広島大の両者が研究の連携強化などの面でメリットがあると考えているとみられる。

 霞キャンパスは、比治山公園にある放影研から東南約600メートル。広島大病院をはじめ、放射線医科学分野の大学所属の研究所として国内最大規模の原爆放射線医科学研究所(原医研)などがある。

 移転先に浮上した背景には、放射線を巡る研究で連携を強化できるとの期待や、現在地に近いため移転を柔軟に進めやすいなどの声があるもようだ。

 一方、2016年に示された市総合健康センターへの入居案についても検討が続いてきた。費用の面で「新設は困難」とする日本政府の意向を踏まえて市がセンターを提示し、18年度には政府が関連調査費を計上。センターが移転先に必要な条件を満たしているかについて、専門業者が調べた。

 同年度にまとめた調査報告書は、技術的に「移転可能」と判断し、費用は計約61億円と積算している。市は検討の本格化を期待してきたが、延べ床面積が政府が示した目安より狭い点を課題視する声や、特殊機器を設置するための改修などが必要で、コスト縮減効果は少ないとみる向きもあった。今年6月にあった日米の評議員によるウェブ会議でも、移転問題は引き続き検討するとしていた。

 これまで既存施設への入居先候補としては同センター以外は挙がっておらず、霞キャンパスに移転する場合は施設の新築も視野にあるとみられる。実現には、「新設は困難」としてきた日本政府と、放影研を共同運営している米政府が、費用負担に踏み切るかどうかも焦点となりそうだ。

 放影研を巡っては、前身の原爆傷害調査委員会(ABCC)が1950年に比治山公園に移った経緯を、市が「占領下で強行された」と長年、問題視。広島の被爆者団体も移転を求め、被爆地の戦後のまちづくりの最大の懸案の一つとなってきた。市は移転を前提に、比治山公園一帯を「平和の丘」として再整備する構想を掲げている。

 <クリック>放射線影響研究所(放影研) 原爆放射線の長期的な影響を調査するため、1947年に設立された原爆傷害調査委員会(ABCC)が前身。その後、広島、長崎を拠点に約12万人を対象に調査を開始。75年に放影研に改組し、日米両政府が共同出資で運営する。被爆者のがん発生率やがんによる死亡率と放射線量との関連などを調査。被爆2世、胎内被爆者に関する研究も続けている。


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