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ヒバゴン騒動 謎の類人猿 日本中が注目(2018年2月23日掲載)

2020/8/29 22:09
「ヒバゴンはこの山から出てきて、またこの山に戻っていったそうです」と、1970年7月20日の目撃地を案内する恵木さん(庄原市西城町油木)

「ヒバゴンはこの山から出てきて、またこの山に戻っていったそうです」と、1970年7月20日の目撃地を案内する恵木さん(庄原市西城町油木)

 古くから国生みの女神イザナミノミコトにまつわる神話が息づき、信仰を集めてきた庄原市西城町の比婆山(1264メートル)。この山に至る同町油木地区の市道で、旧西城町職員の恵木剋行さん(74)が話を切り出した。

 「ここが、かつて日本中の注目を集めたヒバゴン騒動の始まりの場所。山から二足歩行で道に出てきた異様な生き物が、車を運転していた目撃者に気付き、ゆっくり山に戻っていったそうです」。時は1970年7月20日午後8時ごろ。当時31歳だった目撃者の男性から、後日、直接聞いた話だという。

 ▽相次ぐ目撃談

 同年7月〜74年8月の間、西城町を中心に、現在の庄原市北部で目撃や足跡の発見が相次いだ謎の類人猿「ヒバゴン」。恵木さんは70年秋、町役場に設けられた「類人猿相談係」に配属された。

 4年間に寄せられた19件の目撃証言から、身長約160センチ。逆三角形の顔に薄い毛が生え、人の2倍近くある頭には5センチほどの黒褐色の剛毛が立つ。体も同系色の荒々しい毛で覆われているとの姿が浮かび上がってきた。

 ヒバゴンが、世間に知られるきっかけになったのは70年8月26日の中国新聞の記事だった。「比婆山山ろくで類人猿¢宸ャ」との見出しで7月20、23、30日に油木地区で目撃した3人の地元農家(いずれも故人)の話が報じられたのだ。

 記事によると、23日の目撃地は20日の現場から約600メートルの地点。当時43歳だった男性が午前5時半ごろ、自宅近くで草刈りをしていたところ、人間の顔立ちに似た動物が、草むらから上半身を出して突っ立っていた。30日の現場は、さらに2キロ離れた水田。47歳の男性が午後8時ごろ、あぜ道を歩いてくる親類に声を掛けたつもりが、ゴリラそっくりの怪物だった―。

 この記事を書いた当時の中国新聞庄原支局長の宮尾英夫さん(82)=広島市安芸区=は、「最初の電話は冷やかしだと思い相手にしなかったが、その後も別の人物から目撃談が寄せられた」と振り返る。目撃者に会ってみると、皆おびえた表情で「ここにはもう住めん」と口にする人や、「ほら吹きだと言われ、信じてもらえんのじゃ」と訴え掛ける人もいたという。

 ▽分からぬ正体

 中国新聞には謎の解明を試みる記事も増える。足跡の形からオランウータンの可能性に触れる研究者のインタビューでは、かつて密輸された約30頭のオランウータンが行方不明になったとの逸話を紹介しつつ、行動範囲の広さや冬場の寒さからその可能性の低さを指摘。戦時中、ある家に毛深く猿のように跳ね回る子どもがいたが、いつしか姿を消したといった地元住民たちの話も拾い上げている。

 さまざまな団体、個人による捜索にもかかわらず、最後まで正体が明らかになることはなかったヒバゴン。出没情報も徐々に減り、75年6月、類人猿係は廃止された。

 「比婆山で進められていた県民の森の造成に怒る神の化身ともささやかれたが、人に危害を加えたという話は最後までなかった」。そんなヒバゴンが現代のおとぎ話として皆の心に生き続けてほしいと、恵木さんは願う。(伊東雅之)


この記事の写真

  • 当時の中国新聞に載ったヒバゴンのイメージイラスト(1970年10月15日付)

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