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【詳報・克行被告第19回公判】後援会員Aの供述調書朗読 こういうことはよくあるのかなと思い、ばれるとは思わず

2020/12/12 1:21

【検察側の供述調書朗読】

■後援会員A

私は後援会支部の事務局のような立場でした。河井(克行)先生には案里さんの投票や投票の呼び掛けの運動の報酬として5万円をもらいました。

 私は2012年に父親が経営していた会社の代表取締役に就任しました。地域の経済団体の副会長をしていました。青年部メンバーを動かせる立場でした。代表取締役だった父親が河井克行を育てる会の支部役員をしていて、河井先生の事務所で選挙を手伝うようになりました。15年に河井克行を育てる会は三矢会に変更され、17年10月の衆院選では後援会支部に名前を貸しました。支部の青年部でしたが、選挙には興味がなく、選挙運動はしていませんでした。だから19年3月の緊急報告会には出席しませんでした。案里さんが参院選の立候補を表明し、後援会メンバーが応援することが了承されたと聞きました。

その後の会議には出席しました。元広島県議の事務所で開かれました。河井先生の公設秘書の藤田さんが青年部のメンバーを集めました。河井先生が元県議と懇意だったので、事務所を使わせてもらったそうです。案里さんの後援会の立ち上げの話があり、7月の参院選に向けて案里さんを支援する後援会の立ち上げを依頼されました。案里さんを応援してほしいと頼まれたので、面倒なことだったが、案里さんに直接頼まれたのでそろそろ選挙に関わらないといけないと思い、選挙運動の取りまとめを引き受けました。藤田さんとは電話やメールで連絡を取り合って準備をしました。動員は、青年部に声掛けして、10人の後援会を立ち上げました。河井先生の後援会の青年部と変わりませんでした。参院選後も引き続き活動をするとは考えなかったです。

藤田さんの依頼は私に集中しました。オーダーは全て私が窓口となり、事務局の立場でした。河井先生の後援会は河井先生のためにしか動いてくれないというので、形だけ案里さんの後援会をつくることにしました。案里さんが異議を唱えなかったので、藤田さんは早く立ち上げる必要があると言っていました。案里さんを当選させる選挙運動と認識していました。後援会は案里さんのための寄せ集めで、ビラ配りや個人演説会の動員は不可能でした。藤田さんからオーダーがあれば、後援会は直接オーダーを流していました。私の役割は事務局で、オーダーの窓口です。後援会活動の呼び掛けでは、電話作戦で使う後援会入会申込書に住所や電話番号を書きました。電話作戦に使うためで、実際に後援会に入会してほしいとは話していません。過去に別の選挙でも後援会入会申込書を書いたことがありますが、記入を求められて名前を貸しただけです。

選挙運動は公示までに、個人演説会の動員、選挙はがきの配布、事務所で行う電話作戦の設営準備をしました。

5月上旬、藤田さんから、河井案里後援会結成の集いの司会原稿を頼まれました。6月12日夜に文化ホールを予約しました。ビラづくりは500枚を事務所で印刷してもらって、配りました。200人集めてと言われていましたが、実際は100人くらいしか集まりませんでした。後援会結成の集いですが、実際は個人演説会でした。選挙運動ではないと言い訳できるようにして、案里さんへの投票を呼び掛けるものでした。藤田さんから頼まれた原稿を作成し、藤田さんにメールしました。7月の参院選で案里さんを当選させるため、投票を呼び掛ける内容で、司会原稿をつくり、藤田さんの了承を得ました。7月の参院選に出馬するので後援会を結成したい、出席者の全員が頑張ろうと言って、閉会されました。7月の参院選で案里さんへの投票を支援する機運を高めるためのものでした。司会原稿を作った時、会長のあいさつ文も作りました。内容を変更していませんが、案里さんの投票、支援を呼び掛ける内容でした。案里さんは「全人生を懸けて戦う」とおっしゃっていました。会長はあいさつで、来るべき参院選で案里さんを国政へ送り出そうと呼び掛けました。

案里さんの選対会議で、藤田さんが持ってきた配布物を後援会メンバーに配りました。私は自分の町内の配布担当でした。案里さんの室内用ポスターと、安倍総理と案里さんの2連ポスターがありました。室内用ポスターは案里さんだけしか写っていません。藤田さんに、後援会活動で2連ポスターを張ることは違反にならないと言われました。2連ポスターの演説会は言い訳で、予定してなかったです。案里さんの名前と顔を売るため、安倍総理に信頼されているとアピールするためでした。自民党の掲示板に河井先生のポスターから張り替えて、室内用は会社の事務所や応接室に張りました。選挙はがきは、宛先に友人、知人のものを書いて投票を呼び掛けるものです。資料3、4が後援会入会申込書と選挙はがきです。後援会メンバーを通じて有権者に郵送し、妻に頼んで妻の友人にも書いてもらいました。私は中学校の同級生も書くようにしました。妻にも頼みました。

事務所の設営をしました。電話作戦は女性がすることになっていて、女性会事務局員が午前、午後の分担の取りまとめをしました。

7月4日の公示後の活動は主に遊説です。7月9日の遊説で先導とガンバローコールを担当しました。藤田さんから事務所の管理を任されていて、5万円をもらって弁当代などに充て、領収書を取って、出納簿で報告していました。金銭の貸し借りはありませんでした。電話作戦は女性会事務局員が取りまとめていました。

2019年6月上旬、会社の事務所で河井先生から5万円をもらい受けました。藤田さんから携帯電話のメッセージで知らされました。6月8日午後8時43分に送られていると検察官に聞かされたので、記憶にもありますので、河井先生が訪ねてきたのは6月9日午前10時で間違いありません。
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