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被爆と復興の社史を写真で 広島トヨタが図録

2020/12/12 21:23
図録を手に「復興の息吹を感じてほしい」と語る藤井社長(撮影・高橋洋史)

図録を手に「復興の息吹を感じてほしい」と語る藤井社長(撮影・高橋洋史)

 広島トヨタ自動車(広島市中区)は被爆75年に合わせ、原爆による壊滅と戦後復興を経た社史を紹介する写真図録「ヒロセキタマチ物語」を発行した。1946年ごろから50年代にかけて撮影されたカットが中心だ。
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  • 車体のフロントに「FUJISAWA YAKUHIN」の文字が見える。建物は原爆傷害調査委員会(ABCC、現放射線影響研究所)。ABCCにも納車していた(1950年代撮影、広島トヨタ自動車提供)
  • 広島市中区広瀬北町にある広島トヨタ自動車本社で撮影された記念写真。背後の建物は、修復を重ねながら現在も整備工場として使われている(1949年ごろ撮影、広島トヨタ自動車提供)
  • 広島復興大博覧会の宣伝カーを納車する前に撮影された記念写真。車内には応接コーナーや扇風機が設置されたという(1958年ごろ撮影、広島トヨタ自動車提供)
  • 1958年4〜5月に開催された広島復興大博覧会の宣伝カー。6人の「ミス復興博」を乗せて中国5県を回ったという(広島トヨタ自動車提供)
  • 広島トヨタ自動車の本社工場。トラックは1949年7月7日に行われた広島平和記念都市建設法の住民投票を呼び掛ける宣伝カーとして使われた(広島トヨタ自動車提供)
  • 現在の平和大通り沿いにある広島クリスタルプラザ付近。銅像は今も同じ場所に立つ柳原義達作「ラ・パンセ」。平和大通りの整備が進んでいたころとみられる(1953年ごろ撮影、広島トヨタ自動車提供)
  • 建設中の平和記念公園。広島トヨタ自動車が広島市に納車した特装車の背後に原爆ドームやバラックが見える(1953年ごろ撮影、広島トヨタ自動車提供)
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