地域ニュース

後援会員D 封筒に余った7万円、お年玉に使った

2020/12/15 0:28

■後援会員D

河井代議士との関係は10年近くになります。河井克行を育てる会の地区の青年部長をしていました。河井代議士の総選挙でポスター張りを手伝ったり、個人演説会で秘書と顔を合わせたりしていました。学区で河井代議士の衆院選は2回手伝ったと思います。15年に育てる会は三矢会に代わり、3区の安佐北区、安佐南区は学区ごとに支部長を設けることになり、私は支部長の肩書を与えられました。

私は増原義剛先生の秘書の地元でした。秋祭りなどで河井代議士は横柄な態度で増原先生の支援者に嫌われていました。表立って応援するのは難しく、1人以外は三矢会に入ってませんでした。3月16日、緊急報告会が開かれ、案里さんが立候補を表明し、河井代議士は「案里をよろしくお願いします」と言いました。克行代議士の後援会で、私は応援さんを応援しないと思いました。M学区のことを藤田さんに頼まれて、ポスターを張るよう頼まれました。

 6月13日に後援会発足会が開かれることになりましたが、実態は個人演説会でした。私は案内ビラを配りました。案里さんは意気込みを語り、ガンバローコールをして終えました。公示後の法廷ポスターは、親せき友人で手分けして張りました。

6月中旬、河井代議士が自宅を訪ねると藤田さんから連絡があったことは、携帯電話機のスケジュール帳に登録しています。19年6月19日午後3時30分と書いています。自宅にあいさつに訪ねてくるのは、選挙の依頼のためであり、案里さんへの投票や票の取りまとめの依頼と思いました。

河井代議士は6月19日3時30分に男性の付き人と来ました。付き人はいつも入ってくるのですが、付き人は入ってこず、河井代議士は1人で入ってきて玄関の引き戸を閉めて、いつもと様子が違うと思いました。河井代議士は私に「案里のことでいろいろお世話になっています。引き続きよろしくお願いします」とお礼と依頼を言いました。そして河井代議士が「いろいろお世話になります」と言って、白い封筒を置きました。白い封筒は、お札が入るぐらいの大きさだったので、中は現金と思いました。案里さんへの投票や、友人知人にポスターやはがきを配るなどの選挙運動の取りまとめを呼び掛ける趣旨を思いました。ほかに理由はありません。党勢拡大や自民党員獲得の話はありませんでした。河井代議士が「案里をよろしくお願いします」と言っていたことからもそれは明らかでした。選挙はボランティアでやるものであり、選挙違反になると分かっていたので「こんなもので動く人間ではありません。くれなくてもしっかり応援します」と言いましたが、河井代議士は「いやいや。いろいろお世話になっています。受け取ってください」と言って帰られました。
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