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「桜」夕食会、略式起訴の配川氏は安倍家の番頭 地元・山口で金庫番も

2020/12/24 23:09

安倍首相(当時)の在職日数が歴代最長となったのを祝う「山口県の総理大臣展」であいさつする配川秘書(2019年12月2日、山口県庁)

 「桜を見る会」を巡り政治資金規正法違反の罪で略式起訴された安倍晋三前首相の公設第1秘書の配川(はいかわ)博之氏(61)は、晋三氏の父・故晋太郎元外相時代から安倍家を支えてきた。番頭役の「筆頭秘書」に上り詰めて地元山口の実務を取り仕切り、金庫番でもあった。昨年の参院選では参院議員河井案里被告(47)=公選法違反罪で公判中=の応援にも入り、顔を利かせた。

 桜を見る会の地元参加者は当初数十人だったが、配川氏の差配もあり数百人規模に膨れ上がった。ある事務所関係者は、普段から晋三氏とこまめに連絡を取っていたと証言し「夕食会の費用の穴埋めを独断でできるだろうか」と首をかしげる。

 自民党の山口県議は「首相が帰って来られない分、地元には気の利いた秘書が必要になる。安倍さんには一番信頼されていた」と話す。支部の活動で顔を合わせていたという別の同党県議も「事務所の代表者として誠実な方で、仕事のできる人」と評価は高い。

 首相の連続在職日数が憲政史上最長を記録するなど権勢を誇った晋三氏。その筆頭秘書だけあって、下関市の野党県議は「すごみがあって、そのへんの県議や1期目、2期目の国会議員より力は持っていた」と強調する。

 配川氏は山口県旧秋芳町(現美祢市)出身。1978年に地元の高校を卒業後、農協に就職した。中選挙区の時代から、若手支援グループの一員として晋太郎氏や後継と目されていた晋三氏の支持拡大に奔走。元後援会幹部は「忠誠心が高く、安倍家のためなら何でもやる」と明かす。

 晋太郎氏は1991年に死去。代替わり前後に晋三氏の秘書になり、2002年ごろ筆頭格になった。07年の首相辞任後は頻繁に山口で小さな集会を企画し、再登板に向けて支えた。

 昨年7月の参院選広島選挙区。河井被告の事務所には、公示前から当時首相だった晋三氏の複数の秘書が出入りし、支援した。配川氏も河井陣営と行動を共にした。広島県東部を中心に秘書団で企業を訪問。「衆議院議員 安倍晋三 筆頭秘書 配川博之」と記された名刺が政財界の要人の元に残っている。


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