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築105年の西三次駅解体へ 芸備線の前身・芸備鉄道開業時の生き証人、往時の活気懐かしむ声

2021/1/25 21:03
JR芸備線の前身の芸備鉄道が開業した1915年に建てられた西三次駅。近く解体工事が始まる

JR芸備線の前身の芸備鉄道が開業した1915年に建てられた西三次駅。近く解体工事が始まる

 JR芸備線の前身、芸備鉄道の開業当時の姿を残す西三次駅(三次市十日市西)の駅舎が、老朽化で取り壊されることになった。工事は2月上旬にも始まる予定。広島から三次まで鉄路でつながった1915(大正4)年に建てられ、開業から7年間は終着駅だった木造駅舎は間もなく姿を消す。

 JR西日本によると、木造平屋の駅舎は147平方メートル。同時期に建てられた井原市駅(広島市安佐北区)の駅舎は2019年に解体されており、芸備鉄道が開業した当時の姿を残す駅舎は西三次駅だけだった。

 芸備鉄道は1915年4月、東広島(広島市南区)―志和地(三次市)間で開業。西三次駅は同年6月、三次駅として開業した。塩町駅(現在の神杉駅、三次市高杉町)に延伸した22年6月まで、芸備鉄道の終着駅だった。

 芸備鉄道は37年に国有化されて芸備線となり、備後十日市駅を三次駅と改称した54年から、西三次駅は現在の駅名になった。駅の拠点性が1駅隣の三次駅に移った後も、終着駅の名残がある広い構内は貨物輸送の拠点となった。

 55年から約10年間、三次市内の木材会社に勤めていた冨士原昌宏さん(84)=同市十日市東=は「駅構内に山積みになった丸太を、東京や関西に向かう貨車に積み替えた。住宅建材や鉄道の枕木、燃料のまきの需要が盛んな当時、駅は活気にあふれていた」と懐かしむ。

 同駅の1日平均の乗降客は6人(2019年度)。西三次駅は1983年に無人駅になって以降、地元住民の集会所として利用されてきた。駅舎取り壊し後は、ベンチや切符を入れる箱などを置く予定。

 十日市6区自治会の二井岡隆司副会長(81)=十日市西=は「餅つきや盆踊りなど、笑い声が響く地域の交流拠点だった。みんなの思い出が詰まった駅舎がなくなるのはさみしい」と名残を惜しんでいる。(石川昌義、高橋穂)

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