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【バスケットボール】選手さろん 広島ドラゴンフライズ・古野拓巳(28)

2021/2/25 8:26
古野拓巳

古野拓巳

 ▽恩師との出会い 分岐点に

 ―20日に28歳の誕生日を迎え、チームメートからケーキをプレゼントされていましたね。

 ケーキの上に「35」のろうそくが立てられていた。今が一番成長する時期だと思っているので、そんないじりを受けないような若々しいプレーを見せたい。

 ―28年の人生で分岐点はいつですか。

 中学の時にグレた。高校進学もやめようかと思うほど。その時の校長先生から「バスケが好きなら福岡第一高の井手口孝先生を紹介してやる。それが嫌ならそのままでいなさい。もう知らない」と言われた。好きだと返事をすると、その場で電話してくれた。

 ―全国的な強豪校への進学には、そんな経緯があったのですね。

 グレていたから入学当初は大変だった。入学2日目で、反抗的な態度を取って職員室に呼ばれた。その後も落書きや練習後に漫画を読んだことが見つかった。よく辞めさせられなかったなと思う。

 ただバスケは好きだった。1年の時、(寮の)同部屋の同級生が真面目で、居残りでシュートが200本入らないと帰らない。その後、自分と1対1を1時間する。最初はぼろ負けだったが、次第に勝てるようになった。そんな姿を大学の監督が見てくれて、今がある。

 ―道を開いてくれた恩師と交流は続いていますか。

 中学時代の校長先生だった片峯誠さんは今、福岡県飯塚市の市長になり、簡単に会えなくなった。福岡第一高の井手口先生は今でも怖い。ベンチ外だった自分にとって雲の上の存在。OB会とかで優しく話しかけられても、「はい」としか言えない。

 ―B1でさらに成長した姿を見せるチャンスです。ここまでの手応えは。

 全くない。熊本にいた時にもあったけど、パスしか考えていないことがある。積極性がなくなった。僕は試合映像を3回は見る。気にくわない試合は特に見る。だから、昨季より今季の方が見る回数は増えている。

 ―それだけ映像を見ているから、練習中も味方にアドバイスできるのですね。

 ポイントガードは指示を出す場面が多い。例えば6日の島根戦。第1クオーターに0―15と出遅れたのはなぜかと映像を見返した。マーフィーが悪いリズムでジャンプシュートを打っていたことがまずかった。(成功率が低く)相手にとって怖さはない。

 気づいたことは言う。マーフィーには「難しいシュートになるなら(ボールをガードに)戻そう。良いタイミングでまた渡すから。その方がチームとして良くなる」と伝えた。

 ―伝え方が難しそうですね。

 気を使うところ。熊本時代は「ちゃんとやらないと勝てるわけないでしょ」と大声を出すこともあった。今は監督や朝山さんが厳しく言った後に、どう気持ちを盛り上げるかを考える。怒られた選手でも届くような言い方に変えている。(聞き手は矢野匡洋)

 ふるの・たくみ 1993年2月20日生まれ。福岡県飯塚市出身。福岡第一高を経て、日本経大に在学中の2014年に熊本入り。視野の広さとパスセンスを武器にB2で2度、アシスト王に輝く。昨季から広島でプレーする。 

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